第3話 動き出した者たち 1/2

「トランスポーターってこういうこともするんですか?」


 運転するベックの顔を横目に見ながらジュリアは問いかけた。


 自動車の間を縫うように走る漆黒のクロスラインから見えるロック・シティの超高層ビル群の電子掲示板は何処か嘘っぽく、突けば崩れてしまうハリボテのようだ。


 記憶省を出た二人はハイウェイで北へ向かっていた。

 目的地はマイクの事件捜査を担当する警察署だ。


「もちろんだ。元々、トランスポーターと呼ばれるようになったのはこういう記憶移送の仕事をしていたからだ。

 事件捜査を行えるようになったのはつい最近の話だ」


 窓から入りこんだ風が音を立てて車内を暴れ回るが、ベックは手慣れた動作でタバコの灰を落とす。


「逆にどういうものを想像していた?」

「なんというか……もっとこう刑事みたいに派手で、探偵みたいに知的に犯人探しをするものかと」

「派手で知的にか、残念ながらそんなものは映画の中のフィクションさ。

 刑事も探偵の仕事も、ただの地味で小さな行いの積み重ねにすぎない。

 もちろんこの仕事もな」

「へぇ、そうなんですね」


 適当に相槌を打ちながら手元に目を落とす。

 その手にはマイクの記憶が入った箱型のディスクが握られている。


「質問はそれだけか。ないならこのまま面接でもしよう」


 え、このタイミングで?


 唐突な提案にジュリアは思わずベックを見る。


 確かに目的地である警察署まではまだ十分ほどかかるので時間はあるが……。


 こちらに気持ちを知ってか知らずか、ベックは問いかけてくる。


「これまではなにをしていた? フリーターか?」

「いえ、大学生です。いまは大学で記憶省関連の仕事につくために勉強してます」

「ほう、なら私のところに来たのは記憶に対する知見を広げるためか」

「……えぇ、そんなところです」


 ベックの言葉にジュリアは視線を逸らしながら解答をボカす。


 確かに大学で学んでいる記憶に関することとトランスポーターの仕事はそれなりに結びついているので勉強にはなる。


 だが、ジュリアがベックの元を訪れた目的は別にあった。


 しかし真面目にそれを答える必要もない。


「だが、なぜトランスポーターの助手になろうと思った?

 記憶省関連の仕事なら私たちよりクロウトのような記憶省職員を頼るのがセオリーだろう?」

「なぜって……たまたま目についたからですけど」

「ついでに言うと、君の持ってきた貼り紙はクロウトに言われてしぶしぶ目立たないところに貼ったものだ。

 それをわざわざ見つけ出してくるなんてよほどの理由があると見える」

「……もしかして、私のこと疑ってます?」


 こちらの目的に気づいたのだろうか、と勘ぐりつつも胡乱げな目でベックを見る。

 だが本人は気にもせず、苦笑してみせただけだ。


「疑問は解消しないと気が済まない性分でね、気分を害したなら……」


 そこまで言ったところで急にベックが黙りこむ。


 まるで周囲を警戒する野生動物のように厳しい目をする彼にジュリアは怪訝な表情をして問いかけた。


「どうしました?」

「……変な車につけられてる」

「え?」


 反射的に振り返ろうとして、その前にベックに頭を鷲掴みされてシートに押しつけられる。


「気づかれるだろう。ミラーで確認しろ、左の白いバンだ」


 目だけを動かしてサイドミラーで確認する。


 すると、確かにベックたちの左後方に白色のバンが走っていた。


 ベックが咥えていたタバコを灰皿に押し付ける。


 その直後だった。


 バララッという音とともに前方を走っていた車が突如蛇行し、そして派手な音を響かせてクラッシュする。


 ジュリアにはなにが起こったのか理解できなかったが、ベックはブレーキとハンドル捌きでなんとか車を避けた。


 だが、完全に勢いを殺しきることはできず、中央分離帯に接触した車体がガリガリと削れ、不快な振動の末にクロスラインは停車した。


「……起きろ、おい、しっかりしろ!」


 酷い二日酔いのようにガンガンする頭に声が響く。

 薄目を開けると目の前にベックの顔があってジュリアは飛び起きた。


 どうやら衝撃で一瞬気を失っていたらしい。


 フロント部分が大きく壊れたクロスラインの車内でキョロキョロするジュリアに対してベックは告げる。


「一体、なにが……」

「よし、無事のようだな。あのバンから撃たれたんだ。

 君はここにいろ。なにがあっても外に出るんじゃないぞ」

「いくらなんでも一人で相手するのは無理なんじゃ……」

「私の心配より自分の心配をしていろ。わかったか?」


 そう言い残してベックは懐のリボルバー拳銃を取り出し、そのまま車を降りた。


 撃ってきたバンの襲撃者と戦うのだろう。


 いまだぼぅっとする頭を傾けてバックミラーで確認する。


 クラッシュした車の影に隠れたベックは撃っては場所を変えて襲撃者を撹乱していた。


 だが襲撃者たちは数名、アサルトライフルでベックのいる方角を撃ちながらジリジリと近づいてくる。


 それらを確認したジュリアは意識がはっきりしてくると同時に自らの役目を思いだす。


 車内には自分一人。


 目的の物は自分が持っていて、ベックは敵との銃撃戦に気を取られている。


 いまがチャンスなのではないか。


 心の中で悪魔がささやく。


 一瞬ベックの顔がよぎったが、それを振りはらうようにして頭を振ると運転席側に移動する。


 年代物と言っても、操作は今の車と同じだ。

 ハンドルを握り、アクセルを踏む。


 心地よい加速とエンジンの唸りがジュリアの体を揺らし、滑るように車は走りだす。


 バックミラーで確認すると、ベックがこちらを見ているのが見えた。


 今更後戻りはできない。


 しばらく走っているとすぐに銃撃してきた白いバンが追いついてくるが、そのままなにもせず、クロスラインを追い越していく。


 ジュリアはハンドルを操作しながら片手をポケットに入れる。


 取り出したのはマイクの記憶を収められた記憶データだ。


 目的の物があることを確認するよう握りしめながらバンの背中を追う。


 すべては計画通りだ。

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