無窮にして無敵なるもの 参
この場にいる神聖騎士は、皆選び抜かれた者ばかりのようだ。ゴウザンゼの末路に憮然とした表情を見せたのも束の間、わずかの時間で立て直し、ベルカの指揮のもと再生を始めたラーン=テゴスに攻撃を開始した。暗褐色の殻は剣を通さないが、ゴウザンゼの攻撃による裂け目を晒している。騎士達は的確にそこを狙うが、ラーン=テゴスは内部の黒い組織を極薄の刃を持つ触腕に変え、近付く騎士を切り刻んだ。
「お前ならどうする、アイン。この場は引くべきだと思うか?」
ベルカが黒い刃と切り結びながら俺に問いかける。
人造の生物であるラーン=テゴスは知恵と知識を身に付け、グロースから神気を吸収し始めた。だがその攻撃は反射的で、受けた攻撃を鏡のように跳ね返しているだけだ。覚えたはずの次元の刃を振るい、俺達相手に自ら襲い掛かる様子はない。ならばあえて相手をせず、予備のテゴスを用い奴より先に先に計画を完遂するのが得策ではないのか?
「こいつが図書館に集められた知識に繋がり、グロースの力をも取り込もうとしている今の状況では、ゴウザンゼ師が健在でも至難の技だろう。恐らくテゴスをグロースに接触させた時点で、すぐにこいつのもう一つの身体に成り果ててしまうだろうな」
ラーン=テゴスの制御を放棄するということは、妖星・グロースの軌道変更を諦めるということだ。こいつが何をしたいのかは分からないが、気まぐれでも俺達の星を避けてくれるだろうか?
「考えられないな。それどころか、グロースの神気を吸い尽した後は、新たな贄を求めて俺達の星に降り立つだろう。ヴォルヴァドスのお墨付きだ」
微かに、だが絶え間なく危険を知らせる鈴音が鳴り響いている。ならばもう答えは一つしか残されていない。俺は骨剣を振るい黒刃を受け流すと、再生しつつあるラーン=テゴスへと駆ける。
ベルカは剣を振るい、レンのガラスを叩き割った。これ以上ラーン=テゴスに知恵を与えるのを避ける意味合いと共に、退路を断ち切る意思を示したのだろう。あるいは既に門を開く魔術を学習した可能性もあるが、王都に残る神壊学府の構成員が、対策を練る時間稼ぎくらいにはなるだろう。抜き身の剣を掲げると、ベルカは声を張り上げた。
「神聖騎士団の諸君! 我々は国のため王のため、必ずやこの妖星を逸らさねばならない。我に剣を預けよ!」
ベルカの紛い物の左目が青く光り、放たれた神気が炎のように燃え盛る。
ベルカの檄を受け、神聖騎士達の動きが目に見えて変わった。恐れも怯えも見せず、戦場での最適解のみを優先する群れの動き。獣のそれではなく、昆虫のような無機的な統率で、己の傷を仲間の次の攻撃に繋げ、ラーン=テゴスの再生を妨げダメージを積み重ねて行く。
ただの檄ではない。ベルカはヴォルヴァドスの託宣による先読みを騎士団全体に適用し、意志を統率している。
ベルカの率いる騎士の群れは不可視の刃さえかわし、休むことなく剣を振るい続けるが、ラーン=テゴスの再生を遅らせるに止まっている。これではまだ足りない。ラーン=テゴスを殺し切るに必要な条件は二つ。無尽蔵な再生と成長に使われるグロースの神気吸収を阻止すること。そして、再生も学習も許さないほどの疾さと靭さを持つ一撃を与えること。
ゴウザンゼに斬り落とされた口吻は再生し切っておらず、今はラーン=テゴス自身の能力で再生している。だがそれも一時的なもの。再生を済ませるか、あるいは新たな器官を作り出し再びグロースの神気を集め出すまで、そう時間は掛からないだろう。
「あれあれー? やっぱりお困りかな? そう言えばー、アインはまだ勝利者ボーナス手に入れてないよね? あいつに効くかもしれない武器ってどうかな? 欲しくないかな?」
我関せずと、一人離れて戦いを見物していたジゼルが俺に声を掛ける。
この少女からは、神使である這い寄る混沌の意志が強く感じられる。高位の信者どころか化身の一つなのかもしれないが、それを確かめる術もない。まともな人間であるならば、崇めるべきではない道化者。溺れる者が掴む藁が巡り巡って橋を落とし、溺死者が増える状況をお膳立てして嘲り笑うような存在だ。
「ほらほら大サービス! この 輝くトラペゾヘドロンがあれば、たとえラーン=テゴスが本当に神になったとしても、問答無用で混沌の玉座に送り返すことができるよ!」
取り合うことなく剣を振るい続ける俺に構わず、ジゼルは惜しげもなく胸元を大きくはだけて見せた。白い柔肌の上で、赤黒い宝石が輝いている。ペンダントではない。無数の細い金属棒がジゼルの胸に直接埋め込まれ、台座を成している。ジゼルの細い指が蠱惑的にうごめくと、その間で輝石を埋め込んだ剣の柄が形作られた。
グロースの歌の影響か。俺の中に残された雛神様は、かつてと同じように脳内麻薬を分泌し、俺の身体能力を引き上げてくれている。ベルカに対するヴォルヴァドスの加護もいつもに増したもののはず。だがそれに補われ剣を振るうのは、あくまで人の身である己自身だ。無限に再生を続けるラーン=テゴス相手では、いずれ肉体が限界を迎えることになる。
俺には聞こえないグロースの歌に、反応を続けるもう一つの存在があった。俺はこびり付いた黒いラーン=テゴスの体液を振り払うと、手にした骨剣に意識を集中する。
長い旅路を共にした今なら分かる。これはツァトゥグァ自身か、近しい眷属の骨から削り出したものだ。この神器を俺に振るわせることで、自らは動くことなく他の神々の血肉と神気を喰らい続けていた。怠惰なるものらしいやり方だ。だがここで俺が倒れラーン=テゴスを喰い損ねるのも、妖星の接近で主のまどろむ地を踏み荒らされるのも、避けたい結末なのではないか。
いつまで惰眠を貪るつもりだ?
目の前にあるのは十全な滋養と歯応えを持つ極上の供儀だ!
俺の意思に反応し骨剣はぎちぎちと音を立て形を変え始める。刀身は厚さと長さを増し、刃に沿って何列もの微細な牙が生え揃う。歯噛みするサメの咢のようなそれは、底なしの飢えを訴える唸り声を上げ、刃の周囲を高速で回転し始めた。
襲い来る触腕の黒刃に振るうと、わずかな手応えすらなく、ごそりとそれを削り落とした。血の一滴すらこぼさない貪欲さだ。
ラーン=テゴスは触腕では餌にしかならないと即座に学習したのか、俺に再生したばかりの脚を振り下ろす。
剣を通さない殻を持つ脚だが、受け止めた骨剣の咢はその表面を削り落としている。さすがに一合では砕けない。数合打ち合い砕き折ると、ラーン=テゴスは黒い体液を撒き散らす脚に代わり、さらに別の脚で横薙ぎに払う。受け止めた骨剣が異音を立て、俺は弾き飛ばされた。骨剣に刃毀れは無いが、脚を覆う殻にも傷一つ見えない。この化物は早くも骨剣に耐えられるまでに成長したのか。
動ける神聖騎士は片手で数えられる数にまでに減っている。ラーンテゴスは再生した複数の脚で俺打ち据え、不可視の刃を神聖騎士に飛ばす。ヴォルヴァドスの統率に加わっていない俺には、放たれる刃を先読みできない。自らの勘とベルカの叫びを頼りに地を転がり、辛うじてそれをかわすだけになる。
「手遅れになる前に、使ったほうが良いと思うけど?」
ジゼルは胸元から生えた柄を、艶めかしい手付きで弄びながら俺に呼び掛ける。
ヴォルヴァドスの託宣を受け続けるベルカの左の眼窩からは、血が流れている。
まだだ。まだ手はある。
ラーン=テゴスが脚を振るうのを読み、俺は地を穿つほど強く踏み込んだ突きを放つ。自身の攻撃の威力を載せたカウンターの一撃に、ラーン=テゴスは関節を砕かれ脚の一本を失った。以前この身で味わったマオの拳法の真似事だが、十代以上積み重ねた修練には遠く及ばない。俺自身ただの一度で血を吐くほどのダメージを負ったが、ラーン=テゴスの攻撃の隙を生み出し、本体に触れる間合いに潜り込むことができた。
さあ貪るものよ、お前の主に恥じぬほど存分に喰らい尽くせ!
ゴウザンゼに斬り裂かれた部位は再生せず、増殖した殻で無理に繋ぎ止めているだけだ。俺は殻の隙間を狙い、歯噛みする骨剣を捻じ込んだ。ラーン=テゴスは残る脚を振るい俺を弾き飛ばそうとするが、近すぎて威力に乏しい。黒い体液は刃に変わる前に骨剣の咢に啜られる。
キサナはテゴスが自ら考え始めたと言った。ラーン=テゴスが思考し記憶する存在になったのなら、その為の器官を喰らってやればいい。真の姿を晒した骨剣は、ラーン=テゴスが再生する前に全てを喰らい尽すだろう。
抵抗を続けていた外殻が異音を立て砕ける。
黒い体液を撒き散らし、骨剣がラーン=テゴスの身を喰らい始める。
「避けろ、アイン!!」
鈴音が激しく鳴り響く。
ベルカの発する警告の声が耳に刺さるも、剣を突き込む俺は身をかわすことができない。
構うものか。あと一押しでこいつを殺し尽くせる。
俺の意思ではない反射的な動きで、左脚が地を蹴った。
不可視の斬撃に骨剣は半ばで折られ、俺の右腕は斬り飛ばされ宙を舞った。
視界の端で、ジゼルの胸元の柄に手を掛け、抜き放つベルカの姿が見えた。
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