毀神の徒
「君たちにも奢らせてもらうよ。さあ」
ゴウザンゼにはどうやら敵意はないらしい。俺は勧められたカウンター席に腰を下ろした。頭を抑えながら立ち上がったカイトは、唾を吐き少し離れた席に座った。
「君はなかなか面白い存在のようだ。名は?」
アイン。
鋼殻騎士団の者だと告げると、ゴウザンゼは口元を綻ばせ、いきなり俺の右手を取った。
『キャッ!?』
「実に面白い。鋼殻の騎士に会うのは初めてだが、皆がこうではないのだろう?」
雛神様に対し馴れ馴れしい。それに、不意を突かれたとはいえ、利き腕を取られた。わずかな戦慄交じりの怒りで腕を振り払った。
『こう』というのは、雛神様のものでもある俺の異形の右腕のことだろう。鋼殻の騎士は雛神様を賜った瞬間から死へと歩み始める。身体の一部が欠けた程度でその歩みを止める者は無い。隻腕なりの強さを極める者もいれば、優れた義手を造らせる者もいる。だが雛神様自ら力をお貸し下さる例は、確かに少ないはずだ。
『あんたが弱っちいんだから仕方ないでしょ!? いきなり片腕になったんじゃあ、数日で死体になってたわよ!!』
「神か。君はこの地には、少し神が多すぎると思わないか?」
雛神様のことを揶揄しているのか?
狂眼を向ける俺に構わず、ゴウザンゼは店主から渡されたエールを受け取り、俺にも勧める。
「ああ、すまない気が変わった。今はワインの気分なんだ」
「取り替えましょうか、旦那?」
「いや、これで呑みたい」
「……ここに注ぐんですかい?」
杯を手放さないゴウザンゼに、店主は怪訝な表情を浮かべる。ゴウザンゼはエールを床に零すと、満面の笑みで空の杯を店主に突き出した。
「さあ、これで入る!!」
何が言いたい?
背後で「ワケわかんねぇよ! バーカ」と罵るカイトの声が聞こえる。
「我々が住むこの世界は、『門』を経て生命が遍くばら撒かれる。 その様を『神使』が見ることにより確定し、また調整される」
「ハン! 最近、都で魔術師になれなかった神学者が説いた摂理じゃねえか。新奇なだけで何の身にもならねえ」
呑みながらカイトが毒づく。目の前の男の好みそうな理だが、この世界の捉え方の一つでしかない。
「君たちの神ですら、アザトースの瞬きを越えることができないのは事実だろう? 私たちが殺せる程度の存在なのだからな」
「なんだと!!」
激昂し、席を蹴り立ち上がるカイトを制し、先を促した。
「多すぎる神に少し場所を開けて貰えれば、私たちでも、今『神』と呼ばれているものと、同程度の存在になれるかも知れない。そうは思わないか?」
困惑の表情で店主がカップに注いだワインを、ゴウザンゼは舐めるように飲んだ。
不敬だ。
この男は今のうちに斬って捨てるのが良いかも知れない。それでも、俺が剣を抜くことさえできず利き手を取られたのは、この男の使う異形の力のせいばかりではないように思う。
神を殺すほどの力を手にすることができれば。
俺はこの手で雛神様に迷宮の神の座を捧げ、お傍に使えることができるかもしれない。
『アイン……おかしなこと考えてるんじゃないでしょうね?』
不遜な考えだ。神の座に座るのはあくまで雛神様が戦い得るもの。騎士はその手助けをするに過ぎない。
雛神様の不安を含んだ声に、俺は頭に掛かった靄を振り払った。
「そんなに返して欲しいなら、代わりの物を用意することだ。私が喜ぶような物をね」
酒場を去る際、ゴウザンゼはそう条件を提示した。歳経た深きものである汐詠媛。亜神に代わるものと言えば、神の欠片か古代の魔導書か。
「私の同輩はせっかちな者が多くてね。特に期限は切らないが、遅くなれば死体も返せなくなるかも知れない」
どの道この男の胸先三寸ということか。カイトも重ねて奪還を図るべきか、決めかねている様子だ。
「るる! 今日はゴチになります~」
キサナが、魚の煮物をつつきながらゴウザンゼに挨拶をかました。一部始終を見ていたはずなのに、こいつらはついに宴を中断しなかった。
「善し。崇めずに使いこなす。君のやり方は悪くない」
「るる?」
ゴウザンゼは波の子供の目を覗き込み、乱暴に髪を撫でた。事の経緯は既に知られているらしい。
「それに君の在り方もすごく興味をそそられる。どうだい? 私と共に都へ行く気は無いかい?」
「お断りですので!!」
波の子供を取り返すように抱き寄せるキサナ。ゴウザンゼは苦笑し大げさに肩をすくめて見せた。
「先生! 外部概念器官使いましたね? こんな街中で何やってるんです!?」
店に飛び込んできた青年が、ゴウザンゼを見付けるや肩を捕まえ耳元で叫ぶ。弟子か従者らしいが、遠慮という物が見られない。
「騒がせてすまないドゥク。なに、私は揉めごとは起こしちゃいないさ。なあ?」
「なあじゃねえよ!」
そのまま店外へ引き摺られてゆくゴウザンゼに、カイトが毒づいた。
「ああ、それとそっちの君。私の奢りは酒の一杯だけだ」
「るるッ!?」
キサナの目が俺に向けられる。こいつには、どうやら自分で払うという選択肢は頭からないらしい。
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