異界の旋律
街道を歩いていたはずが、いつの間にか半ば異界に沈んだような景色の中、奇妙な魔物に囲まれていた。俺と同様、誤って迷い込んだのか、ぶよぶよと大きすぎる身体を持て余している樽のようなものや、役に立たない鰭をばたつかせる魚のようなもの。地面をのたくる顔の無い短い蛇のようなもの。
向かって来るものは少なく、まれに数合手数を必要とするものがいる程度。わずかな時間を取られただけで斬り抜けることができたが、一体何が起こったのか。
「いやお見事! 鮮やかだね! カッコいい! 旅の剣士?」
気を取り直し街道を行こうとする俺に、軽薄そのものの声を掛ける者がいた。薄青い銀髪に、男とも女とも見える顔付き。身体にぴたりと張り付く派手な服を身に付け、手にした奇妙な楽器――ハンドオルゴールという物らしい――を爪弾いている。
「僕? 僕はイライエ。旅の楽師。君強いね? スゴイや! 歌作れそう! 売れる。超売れそう!」
『聞いてないわよ! 何なの? 調子のいいヤツね。楽師じゃなく、道化師の間違いじゃないの?』
「ん? ん? 姿は見えないけどチャーミングな声だね! そちらの姫君もはじめまして! 僕はが・く・し。道化師じゃないよ! 自分の音を探して旅をつづける者さ!」
『……………………』
関わり合いになると面倒だ。取り合わず先を急ぐが、イライエは同行を決め込んだのか、一人饒舌に話しながら後を付いてくる。
厄介ごとは重なるものだ。そんな俺達を頭が軽く与しやすいと踏んだのか。今度は野盗めいた輩に取り囲まれた。
「楽しそうだな兄さんがた。少し俺らにも分けてくんねえか?」
俺は溜息を吐きながら剣を抜いた。適当にあしらって片付けようと構える俺の後ろで、イライエが楽しげに楽器を爪弾き始めた。
「抜くの? 戦うの? イイね! 武勇伝。サガは受けるよ! メジャーだよ!」
馬鹿を見る目をしていた野盗達の表情が不意に固まった。どうやら俺と同じ物が見えているらしい。
辺りの景色が歪んだかと思うと、揺らめく影が形を取り、奇妙な魔物達が湧き出した。悲鳴を上げ逃げ惑う野盗達に、でたらめに暴れ回る化け物の群れ。相手にすべき野盗の数は三分の一で済んだが、騒ぎが収まるまでの時間は三倍になった。
『あの景色、あんたの仕業だったのね……』
雛神様もうんざりとしたご様子。問い質した訳でもないのに、自慢げにイライエが垂れ流す言葉をまとめると、『探している音を奏でようとすると、自然とこうなってしまう』ということらしい。
『面倒だから、それ二度と弾くんじゃないわよ!』
「弾かなければやらなければ付いて行っていいんだね!」
『――――!!』
雛神様の絶句を同行の許可と取ったイライエは、さきほどにも増して滑らかに舌を回しながら俺の後ろを歩く。予定の半分も進めなかったが、疲れ切った俺は立ち寄った街で早めに宿を取った。
ぐったりとしたまま何時もは呑まないエールを呷る。派手な身なりが目立つのだろう。イライエは酔客に小銭を投げられ、演奏を求められていた。
『分かってるわよね!?』
雛神様の言葉が届いているのかいないのか。上機嫌のイライエが爪弾くのは、酔客の求めた流行り歌だったが、どこか奇妙なアレンジが効かせてある。下手ではない。下手ではないのだが、聞いているうち妙に不安な心持ちになってくる。
「あーやめろやめろ、下手クソ! 酒がまずくなる!」
「下手? 下手クソだってこの僕が? 好きでもない曲弾いてやってんのになんて言い草だ! いいよ、分かった。すごいの聞かせちゃう!!」
酔客に絡まれイライエがむきになる。次の展開を予測した俺の制止は間に合わず、酒場は異界に沈み、異形のものが溢れ出した。阿鼻叫喚の真っ只中、卓に立ちハンドオルゴールを爪弾くイライエの、得意げな声が酒場に響き渡る。
「どうだい! どうせ君たちには分かんないだろ! これが僕の弾きたい『音』なのさ!」
『あんたが探してる『音』ってのは、こいつらが湧き出してくる『そっち側』にあるんじゃないの?』
雛神様の言葉にぽかんとした表情を晒していたイライエは、
「それだ! 姫様!」
ひと声叫んで一際高く楽器を弾き鳴らすと、揺らめきながら姿を消した。
騒ぎは三日で収まったが、街の半分は今も異界に沈んでいる。
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