第16話 孤独な女王4~闇の技~

 楓は精神を集中しながら、空中から襲いかかろうとしている姫子の動きを見つめていた。


 空中でのバランス、姿勢は何とも形容しがたい美しさを放っていた。


 集中力が高まりつつある楓には、その動きはコマ送りのようにはっきりと見えていた。


 楓の外界の時間は遅延し、空気の流れがまるでコールタールのように重く、感じられた。


 超高速の世界ではよく起こる現象である。

 



 意識が極限まで研ぎすまされることによって、ほんの小さな空気の流れさえ、まざまざと感じられた。


 だが、現代日本において、その感覚を体感できる人間は滅多にいないはずである。


 かつて、古代世界では当たり前の技術であったものが、今では"秘伝"などと呼ばれてありがたがられている。


 いつのまにか、そういう身体の能力を開発する方向性は廃れてしまったのが、今の文明であるから無理からぬことかもしれない。


それは、つまり、個人の特殊な能力に依存するタイプの社会から誰もが参加できる社会への移行であった。


 自由、平等、博愛というやつだ。


 だが、同時に、それは個人のもつ特殊能力を封じ込めてしまった。


超能力などへの異端視は、どうやらこのことに起因するようだ。




 楓の感覚は何か見えざる予感につつまれていた。


 普通に考えれば、姫子が放とうとしている、二-ルキックなどの大技は捨て技として使い、次の攻撃に移るためのもののはずだ。


 たやすく当るものではないことぐらい、本人も承知している。


 だが、何か黒い力が姫子の身体から放射されて、楓の気迫を押しつぶそうとしている、そんなイメージが楓の脳裏をよぎった。


 ただの予感というにはあまりにも明確な意志が感じられる。


 結局、楓はカウンター攻撃の間合いを外し、大きくその攻撃を避けることにした。


 その代わり、こちらからも反撃はできない間合いになってしまった。




 姫子の技は空を切る。


 はずだった。


 が、凄まじい打撃音とともに、楓の左の肩口に姫子の右足がめり込んだ。


 楓はとっさに左腕でガードしたが、間に合わなかった。


 確かに、躱したはずの技が楓の身体をしたたかに打ちすえた。


 何故、躱しきれなかったのか、楓は混乱し始めていた。


 次の瞬間、姫子の背後から数本の腕が伸びてきて、彼女を羽交い締めにしようとした。


 エンジェル・プロレスの中堅選手たちである。


 ようやく、姫子を制止するために乱入してきたらしい。




 その間に楓は呼吸を整える。


 しかし、十数人にも及ぶ選手達は、五分ともたなかった。


 鬼神と化した姫子の前に、ある者は膝で、ある者は投げられ、ある者は強烈な一撃を浴びて悶絶し、崩れ落ちていった。


 しかし、楓にはそのほんの数分でも貴重であった。


 体勢を完全に立て直すことが出来た。


 楓の視線の先には、選手たちの屍が転がり、その廃虚の中に鬼の形相をして微笑んでいる姫子がゆらりと立ちつくしている。


 姫子が放射していた黒い気のようなものは、ますますその力を増しているようであった。


 楓は肌が粟だち、強烈なプレッシャーを感じはじめていた。


 楓は戦慄した。


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