変態コーチは勇者と崇められ、ダイナマイトと出会う

バットとボールが揃いノックの準備は整ったが、ノックの前に紅葉が俺のことをみんなに紹介したいということなので全員集合となった。

 俺と紅葉を囲いユニホームを着た小学生が円陣を作る。いくら小学生といえど同じユニホームを着て円陣を作ればなかなかの壮観である。

「よし、あんたたち!新しいコーチを捕まえてきたわ!」

「え!コーチ!?」

「まじで!?」

 俺が新しくコーチに就任することを初めて知った連中は口々に驚きの声を発する。

「はい!じゃあ新コーチから一言!」

 紅葉からバンと背中を叩かれ、一言を強制される。

一体こういう時はどんなことを言えばいいんだろう。相手は小学生だし当たり障りのないことを言えばいいか。

「えっーと新しくコーチになります、成宮柊と言います。次の大会でいい成績を残せるように一緒にがんばりましょう……」

 とりあえず部活で顧問が変わった時に新顧問が言っていたことを言ってみが、大人数の小学生を前になぜか敬語になってしまった。

「はぁ?そんだけ?もっとなんか言うことはないのかしら?」

 紅葉は俺の一言は不満だったらしくいちゃもんをつけてくる。

「だって何言えばいいか分かんねえし……」

「あるでしょうが!!この紅葉様のパンツを見てしまいましたが幸運にも償いにコーチになることでご許しをもらえるとのことでコーチにならせて頂きました。とか!」

「おいてめぇ!それ言うなっつたろ!」

「はーい?なんのことかしらー?全然わかりませーん」

 うぜぇ……

 っていうかまずい。最悪のパターンだ。年頃の小学生なら絶対にネタにしてくる。呼び名がエロコーチとかになるのが容易に想像できる。

「み、みんな!紅葉はよくわかんないこと言ってるけど気にしないでくれ!よ、よーし、ノックだ!みんな散れー!」

 とりあえず場を変えることで紅葉の発言を無かった事にしようとした。

「コーチは監督のパンツみたのか!?」

「まじかよ……」

 マジでやばい……小学生たちはコソコソと話し始める。

 はあ……終わった……俺の華々しい名将ストーリー……

 これからはサユにはエロ高校生と思われ近づくことはできず、他のガキ達にはバカにされ続けるのだろうか…。

 そうしてうなだれるように絶望しているとコソコソと話し声が耳に入る。


「すげぇ……!!」

「あの凶暴な監督のパンツだと……?」

「羨ましい…性格はアレでも見た目はいいんだよな…」

「スカートめくりの達人だよ!弟子入りしてぇ‼」

 ん?よく聞いてみれば俺を卑下するような内容は聞こえてこない。それどころか小学生達は口々に賞賛や尊敬の言葉を口にする。どうやら笑い者というよりも、あの獰猛で怒りっぽい紅葉のパンツを見た勇者として小学生には捉えられたらしい。とにかく笑い者にされなかったのは幸いだ。しかし代償として『スカートめくりをした』という冤罪にかけられてしまった。何度も言うがスカートめくりをしたわけじゃないのだが……。こうやって事実は改竄されていくのか……恐ろしい……

「そうよ!こいつはどうしようもない変態なの!私の太ももをガン見するしね!」

「してねぇよ!!!!」

「おい!フトモモをガン見だってよ!」「やべぇ!」

「あの監督を恐れることなく太ももをガン見するなんて!」

「まさに勇者だよ!勇者!」

「ねぇちょっと!なんで感心してるのよ!!こいつ変態なのよ!!」

 紅葉はどうにかして俺の印象を下げたいらしい。しかし何故か上手くいかず、すこし物心のついた小学生の心をがっちりと掴んでいってしまうのだった。

 ひょっとしたらここは空気を合わせればこいつらの心を掴めるんじゃないか?

 これから野球を一緒にやっていくわけだから確固たる信頼関係が必要だ。そのきっかけがエロというのもどこか尺だが、男子においてこれ以上のものはないだろう。そうこれが男というものだ。

 紅葉は俺の印象が下がらず、むしろ上がっている現状が気に入らないのか口を尖らせている。

 見ていろ紅葉。今度は俺の番だ。

「ハハハハハハ!!!私は恐れを知らない勇者なり!!!この高飛車性悪ビッチのフトモモのガン見なんて造作もない!!!」

「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 俺が胸を反らせて高らかに叫ぶと、再び小学生から歓声があがった。

 俺は紅葉に向けてニヤリと口の先を吊り上げる。怒りと軽蔑を混じらせた表情をする紅葉から視線を外し、俺を囲う群衆へ続けざまにこう豪語する。

「一生懸命練習して!強くなって!!大会で優勝できるようになって!!!大会で優勝した暁には!!!!この女監督のパンツの柄を教えてやろう!!!!!」

「ちょっ!柊、あんた!」

「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」

 高らかに宣言した俺を中心に小学生達が3度目の大歓声をあげる。

「そうと決まれば練習だ!ガキ共自分の守備位置へ散れーっ!」

 俺が指示すると小学生達は歓声をあげながら自分のポジションへと走っていく。

 その場に残ったのは順とサユと俺、そしてエサにされた紅葉。

「柊さんさすがです……!やる気のなかったみんなをこんなにやる気にさせるなんて……!僕は紅葉さんのパンツなんて興味ないですけど……がんばります……!」

 セリフだけ見ればウブな思春期男子の照れ隠しに聞こえるが順は本当に興味がないようで、グッとグローブをしていない右手を握り締めガッツポーズを作ってみせた。しかしやる気出させたのは俺というよりも紅葉の方な気もするけど。

「おう!がんばれよ!」

 俺がそう声をかけると順はコクリと頷きサードのポジションへと走っていった。

「順のあれは本心よね……私のパンツに興味がない男なんて初めてだわ……」

「おーい、俺のもお前のパンツに興味ないからなー」

 順に興味がないとスッパリ言われたのが相当ショックだったようで紅葉はうなだれる。

 やはり順と俺は気が合うんだな、興味のないことも同じだなんて!紅葉のパンツなんて興味ない!ゼッタイ!

「ほら、サユ。早くマウンドに行きなさい。監督はこの変態エロコーチに制裁を下さないといけないから」

 紅葉は残ったサユに優しい口調で促すが顔は引き攣っているし、指の関節をポキポキと鳴らしながら臨戦体制を整えている。

 しかしサユはもじもじとしているばかりで一向にピッチャーマウンドへと行こうとしない。

「どうしたサユ?」

 俺が問いかけるとサユは股へ手を当てて恥ずかしそうに言った。

「……お兄ちゃんは……!サユの……ぱ、パンツを見たいって思うのかなっ……?」

 恥辱に耐えてそう告げるサユは顔を真っ赤にする。

 見たいよ、すっごく見たい。紅葉のなんかよりよっぽど。

 やっぱり小学生だから王道のクマさんパンツかな。いやキャラ物のパンツかもしれない。しかし少し背伸びしてちょっと大人びたデザインのパンツもなかなか愛らしい。さてさて一体どんなのなんだろうか、妄想が捗るがまぁこのくらいにしておこうか。

 でもどうしたものか、率直に見たいなんて言ってしまえばサユの好感度が落ちてしまいそうだ。でも見栄を張って嘘をつくのはどこか気に入らない。現実にしてギャルゲーの選択肢パートに立っているようだ。

「……きょっ、興味が無いわけじゃない……かな……」

「……そっか!わかった!サユがんばるよ!」

 なるべく好感度が下がらない言葉を選んだつもりだったが、的を射たようでサユは嬉しそうな顔をしてマウンドへ向かった。

「あんた……ひょっとしてロリコン……?」

 紅葉は俺の言動をみて汚物を見るような目で俺を見る。目の中には純粋な嫌悪の色が見えてるのがすごく悲しい。

「……まぁそんなことよりどういうことかしら?私のパンツをダシにしてくれちゃって……」

「そっ、それはだな……」

 指の関節は鳴り尽くしたようで握り締めた拳に息を吹きかけ迫ってくる。その仕草が完全にヤンキーのソレで余計に怖い。

「ほら!見ろ!みんな紅葉のパンツが見たくてたまらないんだよ!それだけお前のパンツが魅力的ってことだ!な!」

 傍から聞けばセクハラでの通報待ったなしだが、こいつとってはこの言葉はセクハラではなく褒め言葉のはずだ。この数時間で紅葉という女子の性格はだいたい掴めてきたのだ。

「……」

 迫ってきていた紅葉が俺の言葉を聞くなり静止して無言になった。

「いやぁお前のパンツはすげえよ!こんなにやる気のなかった連中をこんなんにするなんて!!紅葉すごい!ほんとすごい!」

 焦りで言葉が上手く出てこないが、さっきの順の言葉を借りて畳み掛ける。

「……そうよね!私はなんて魅力的なのかしら!もう自分の可憐さに参っちゃうわ!」

 よし!決まった!ヌシの怒りを静めることに成功し、内心で万歳三唱する。

 さて、ノックと行こうかと、ホームへ歩を進めようとした時だった。

「でも普通にキモい」

 冷たく吐き出された言葉と共に、紅葉の鋭い右ストレートが空気を裂き俺の左頬へと炸裂する。不意を突かれた俺はグラウンドで華麗にトリプルアクセルを決め倒れ込む。パンツを見た時に放たれたストレートよりも強く殴られたようでかなり痛かった。

「ほら、早くノック打ちなさいよね」

 紅葉は何事もなかったかのように倒れている俺を見下して言った。左頬がジンジンする。やはり本気のストレートだったようだ。

「へいへい……」

 俺は殴られた頬をさすりながら立ち上がり右バッターボックスに入る。バットを肩に乗せボールを握る。

「よーし、じゃあサードから。いくぞー」

ようやくこのグラウンドに快活な金属音が鳴り響いた。

 余談だが、やはり紅葉のパンツの柄は白地にピンクのハートが散りばめられているやつだ。さっき倒れ込んだ時に確認したから間違いない。



 午後5時を過ぎ西日が差し始めた頃に紅葉が練習終了の合図をし、再びサードベンチに円陣を作り練習後のショートミーティングを行う。

「みんなお疲れ様。今日はここまでにするわまた明日午後1時にここに集合ね。柊、技術的な面で言いたいことは何かある?」

「うーん……やっぱり家に帰っての個人練習がもっと必要だな。ボールの壁当てをしたりしてボールに慣れないといけないと思う」

 結局今日の練習はノックだけに終わった。というのもあの練習がノックと言えるのかすら危ういほど散々だった。捕球体制に入るもそのままボールは股の間を抜けていったり、あさっての方向へボールを投げてしまったり、順番待ちで退屈になれば砂いじりを始めたり、飛行機雲が見えればみんなで追いかけたりでとてもじゃないが良い練習とは言えなかった。まあある意味小学生らしいのだが。

 これは明日の練習も考えものだな、と今日の練習を自ら振り返っていると紅葉が締めの挨拶を始める

「そうね、そのとおりだと思うわ。でもやりすぎには注意してね。ケガや体調にも気をつけるのよ」

「「はーい」」

「じゃあ今日はこれにて解散!」

「「ありがとうございました!」」

 練習ミーティングを終え、小学生たちは各々の荷物をまとめて帰る準備を始める。

 俺の荷物はグローブとマイボールだけなのでベンチの上に置いたそれを手に取りグラウンドを出ると、グラウンドを囲む木の陰に佇む女性に気がついた。

 腰まで伸びた艶のある赤みのかかった茶髪に西日が差し込み美しい髪を一層際立たせ、焦げ茶の木の幹と対照的な白い肌とすらりと伸びた細く長い足はまるで人形のようだった。

 身長はもしかしたら170cm前半に差し掛かりそうなほど高く、俺と目線はほぼ同じくらいであった。着ている服も高貴な白いフリルのついたワンピースを着ていて、そのままファンション雑誌に載ってもおかしくない美貌だった。

 なぜこんな美人がこんなところにいるのかと思いつつ、誰かのお母さんかなと納得したところで向こうも俺に気づいたようで微笑みながら軽く会釈をしてきた。

 俺も会釈返すと同時に紅葉もバックを片手にグラウンドから出てきた。

「あっ!憂蘭さん!今日もお迎えですか?」

 どうやら紅葉とこのお母さんは仲のいいようで紅葉はその女性に駆け寄った。

「うん、そうなの〜小学生1人だとこの時間だと危ないと思って〜」

 憂蘭さんと呼ばれるその女性は、声を聞けば見た目の端麗さとは裏腹に柔らかい陽だまりにいることを錯覚してしまうようなほんわかした声だった。

 迎えに来たということはおそらくこのチームの誰かの保護者なのだろう。

 しかし見た目は保護者に見えないほど若い。

紅葉と並ぶと一目瞭然で背が高く、紅葉の顔1個ぶんくらい違っていた。靴も普通のミュールだし初期スペックがこの身長らしい。ヒールなんか履かれたら余裕で俺は越されてしまいそうだ。

 最後に紅葉と明日の打ち合わせくらいはしておこうかと思ったが、2人女子トークは弾んでいるようで割り込みづらく、俺はそのまま立ち去ることした。

「そうだ!憂蘭さんに紹介しないのいけない人がいるの!」

「あらあら、もしかして結婚相手かしら〜?」

「はぁ!?そっちの紹介じゃなくて!ほら!柊こっち来て!」

「お、おう……」

 紅葉に呼び止められ憂蘭さんと呼ばれる女性と面と向かって対面する。ヒールを履かずとも俺と目線が同じことに驚きと男としての劣等感を抱きつつ目を合わせる。

「あらあら、なかなか整った顔立ちじゃない!紅葉ちゃんやるわね〜!」

「だからそんなんじゃないってば!ほら、挨拶なさい!」

 紅葉は俺の背中を叩いて挨拶を促す。叩き方が豪快で普通に痛い。

「えっと自分、成宮柊といいます。今日から染白JSCのコーチをさせていただくことになりました。保護者の皆様にはご迷惑をおかけすることになりますがよろしくお願いします」

 指導者にとって保護者は目上に当たるため出来るだけかしこまって挨拶をした。保護者とすれば素性の知れない高校生に子供を預けるのは心配であろうから好印象を持ってもらえるように尽力しなければならない。

 そんな俺のかしこまった姿に女子2人は一瞬キョトンとした顔をしたかと思えば、いきなり顔を見合わせて笑いはじめた。

 俺なんか変な事言ったか?俺のかしこまった態度がツボだったのか……?

 なんて自分の言動を省みているとサユがグラウンドから出てきた。

「あっ!お姉ちゃん!迎えに来てくれたの?」

 さてこの場にいるのは4人。発言者咲良沙百合を除けば、俺、紅葉、憂蘭さんと呼ばれる女性の3人。しかしサユはお姉ちゃんと呼びかけたことから俺は除外される。ひょっとしてサユは「オネエちゃん」というニュアンスで言ったのかもしれないが、俺は決してオネエではない。しかもこの短時間でオネエに勘違いされていたらそれはそれで謎である。これでサユがお姉ちゃんと呼んだ相手は紅葉と憂蘭さんと呼ばれる女性2人絞られたことになる。思い返してみればサユが紅葉のことを呼ぶときもお姉ちゃんと呼んでいたが、「紅葉お姉ちゃん」と呼んでいた気がする。

「あらあら沙百合、今日はユニホームが汚れてるのね〜」

 サユに受け答えたのは紅葉でもなく俺でもなく、紛れもなく憂蘭さんと呼ばれる女性だった。 やはりその声は温かみを感じさせてくれる。

 俺は憂蘭さんと呼ばれる美しい女性と目を合わせて、

「お姉さん……?」

「お姉さんです♪」

 次にサユと目を合わせ、

「妹……?」

「いもうとっ!」

 最後に2人を交互に見て、

「姉妹……?」

「姉妹で〜す♪」

「しまいっ!」

 度重なる一問一答の末、俺はひと息ついて叫んだ。

「姉妹なのかよ!!」

 全然似てないんだけど!つーかお姉さんの方何歳だよ!年離れすぎ!お姉さんが大人の妹が小学生ってそう居なくないか!?

「じゃあ私も自己紹介するね〜。咲良憂蘭、18歳、沙百合のお姉ちゃんやってま〜す♪」

「18歳!?」

 再び絶叫する俺。

「何をそんなに驚いてるのよ……年が近いからって狙おうだとか考えてるんじゃないでしょうね……」

「考えてねぇよ!」

 紅葉が疑念を突きつけてくるが、その紅葉と見比べて見てもとても18歳には思えない。紅葉がロリロリな訳じゃなく、憂蘭さんが大人すぎるのだ。エロい意味じゃなく。

「柊くん驚きすぎだよ〜。やっぱり高校生に見えなかったかしら〜……」

 憂蘭さんは高校生に見られないことがコンプレックスなのか、頬に手を当ててしょんぼりするような仕草を見せた。

「いや!全然!めっちゃJKです!どこからどうみてもJKです!JK丸出しって感じです!」

「キモ……」

 ちょっと必死になりすぎたかもしれない。その俺の姿に紅葉は蔑んだ目で俺を見る。

「るっせ!俺は憂蘭さんがJKってことくらい分かってたんだよ!」

「あなた最初に憂蘭さんのこと保護者って言ってたわよ」

「うっ……」

「いいのよいいのよ、いつものコトだから〜」

「いや……なんか、すいません……」

「いえいえ、お気になさらず〜♪」

 確かにこのおどけた口調は高校生のようだが如何せん外見が大人すぎるので、高校生にはとても見えない。

 ただ一つ断言できることは、高校生離れした大人の美しさと、優しい陽だまりにいることを感じさせる穏やかな口調を併せ持つ憂蘭さんは途轍もなく可愛いということだった。

 憂蘭さんと比べてしまえばうちの高校の同級生がみんな霞んで見えてしまう……

「ま、まあとにかく、これからこのチームでお世話になるので、サユの野球に打ち込めるようにご家庭でサポートをよろしくお願いします」

 どこか二者面談の時の先生のようになってしまったが憂蘭さんはにっこりと微笑み、

「はい!こちらこそ沙百合をよろしくお願いしますね」

 憂蘭さんは先ほどの会釈よりも深々とお辞儀をした。

 俺ももう一度頭を下げてお辞儀を返した。

 その時にチラリと見えた憂蘭さんのダイナマイトパイオツを俺は一生忘れない。

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