第55話 ジャベール

ジャベールは、少し微笑して、沈黙した。


スキンヘッドで彫りが深く、純正のアラブ人というよりは、ラテン系の血も混ざっているような男だった。


「難民の中でも、リーダー層はご存知かと思いますが、私は平和裏に四国を独立させ、この日本では、ちょっとお荷物と思われている島国を、世界中が憧れる、豊かで強い国にしたいと思っています」


次郎は、もう何度このセリフを言ったか、というぐらいのセリフを慣れた調子で切り出した。孔雪梅も、慣れたように流暢な英語で訳す。


「あなたの考えは、大体分かっております。単刀直入に言うと、あなたを気に入っています。協力できると考えています。だがその前に・・・」


一瞬、ジャベールの目玉が飛び出たように見えたがそうではない。2つの目から見慣れた流動体が飛び出して、結合し、形が形成された。


「鷹?」


孔雪梅が言うか言わないか、次郎を見ると、無意識の中にいるのか、次郎の口からヨダレのように流体が出て、犬神が形成されている。


「やはり、そうでしたか。あなたも精霊を使う訳だね。どうですか、私と1つ勝負をしませんか?実は私は難民と言うわけでは無いのだが、あなた達のプログラムに乗らせていただいた理由があってここに来た。」


「アーク・・・ですか?」孔雪梅が言った。


「そうだよ。私には明確に欲しいものがある。その為に最大限の努力をしているし、それに見合う能力もあると信じている。ところで、君も単なる通訳では無いという事か。勿体ぶらず、出してみたらどうなんですか?」


ジャベールの鷹は、孔雪梅めがけて、爪を向きながら飛び掛かった。


孔雪梅は、巧みな身のこなしで、ヒラッと避けた。


「あなたに、私の力をここで見せるのは、私達の利益にはならないと思いましたので。ジャベール様、ここは勝負の場では無く、ネゴシエーションの場でございます。

できれば、直接的な攻撃は控えていただけますと、幸いなのですが」


ジャベールはニヤッとした。


「これは、淑女に対し、失礼致しました。少し行き過ぎた挨拶になってしまったようですね。次郎さん。あなたは犬を飼ってらっしゃるのですね。それにしても不気味な犬だ。あなたのような、健全な精神を持つ男には到底似つかわしくないタイプだね」


「ええ、色々ありまして。好きで飼っているわけでは無いんですが・・。ただ、あなたも、見かけほど紳士と言うわけでは無さそうですね。どちらかと言うと野蛮なタイプだ」


「はっはっ。そうだね。私は野蛮な人間かもしれない。だが、指摘したのは君が始めてだよ。話を元に戻そう。日本の四国と呼ばれる島にアークが封印されているというのは、実はもう1000年前から、我々の世界では知られている事だった。お伽話として、だがね。ただ、ここ20年、日本が国力を落とし、四国はその中でも更に顕著な過疎化、高齢化を迎える中で、アーク伝説は、それに興味を持つ国々の私的な調査団によって、解明されていったんだ。」


「あなたが、アークに関心を持っている事は分かりました。いずれその話をする時が来るでしょう。ただ、今はあなたも一難民として、一緒に来た仲間のリーダーとしての立場をわきまえて下さい。あなたの一存で、彼らが今後、どのように扱われていくのかが決まる大事な話なんですよ」


「アークを我々に返してくれ。そうしたら、つまるところ何でもするよ。難民一同戦士として差し出すことさえ検討できる。」


「返してくれ・・ですか?少なくとも1000年以上、アークはここ四国にある。元々は、確かに、シリア・ヨルダン・イラク、あの辺りにあった、という話は聞いたことがありますが」


「そうだよ。よく知ってるじゃないか。お嬢さん。アークの歴史はかつて、といっても紀元前の話ではあるが、狡猾なユダヤ人が我々の元から奪いとった所から始まる。

ユダヤ人達との闘いは御存知の通り、紀元前から今に渡るまで続いている訳だがね。彼らは何を考えたのか、東の最果て、日本の、しかも四国という、辺境の地の山にアークを隠した。それは、我々の父も祖父もその又祖父も、皆子供の頃から教えこまれた事だったんだ」


「アークかなんか知りませんが、そんな大事なものなんですか?たかが、ものじゃありませんか。その為に戦うなんて、僕には理解できないですね」

次郎は我慢ならず言った。


「ほう。そういう風に君は考えるのか。まあ、分からんでもない。まず言わしていただくと、アークは確かに、もの、ではあるが、たかが、もの、というには言い知れぬ力を秘めている。そして、その力は、君にも、私にも関係がある力だ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る