第46話 再び猿爪

次郎を東京から拉致した猿爪は、あれから四国の老人向けデイサービスの体験コースに通いまくる生活をしていた。


ボケ老人を装い、介護士に手を焼かせながら、着実に認知症の老人達に対する影響力を増やしていた。


猿爪は猿回しとして、長らく全国を興行していた事がある。四国についても、土地勘は鈍っていなかった。1回でも認知症向けな体験デイサービスに潜り込めば、そこは猿爪にとっての独壇場となった。


朝のラジオ体操が終わり、職員のマンネリなレクリエーションがだれ始めて来た時が狙い目だ。


猿爪はうつが強い認知症患者として、本来の陽気な性格を殺し、1人でそっとしている。


頭はボケてても、フィジカルが強そうな奴、頭さえ戻れば、使えそうな奴らに狙いを定め、鼻の穴を片方押さえて、


「フンッ!」と鼻から勢い良く息を吐いた。大量の鼻くそにしてはもう少し大きい塊が、ぽんっ、と飛び出た。


また、


「フンッ!」


とやる。


それを、10回ぐらい繰り返した。


1回につき、1個、巨大な鼻くそのようなものが飛び出る。


そして、その鼻くそのようなものは、床にペタッと落ちると、ニュルニュルと形を変え、お猿になった。


孫悟空さながらにすばしっこく動き、猿爪が狙ったボケ老人に張り付き、顔まで登って行き、鼻なり耳なりに潜入して行った。


猿爪の使う精霊はお猿。


お猿は、脳に住み着く。認知症老人が最も操作しやすい。理論は分からないが、かなりの治療効果があるようだ。ボケを治す代わりに、個人差はあれど、認知症老人は猿爪に忠誠を尽くし、簡単なテレパシーで繋がるようになる。


テレパシーと言っても、一方的に猿爪が神のごとく、お猿が潜む脳にメッセージを与えるぐらいのものだ。


龍の指示に従い、次郎を拉致してからというもの、四国中のデイサービス施設を周り尽くし、参加に収めたボケ老人は1万を超えるまでとなった。


もはや、誰が誰なのかも分からないが、シンプルなメッセージを送れば、組織としてコントロールする事ができる。


デイサービスというのは、名前の通り、宿泊はできず、日中家族が介護負担を抱えないように、介護保険制度の枠組みの中で、老人を預かる施設だ。


その為、夕方には家に送り返され、夜は家族と過ごすケースが多い。


「北朝鮮についてのニュースです。速報が入りました。北朝鮮の新政府は、このままでは、1ヶ月以内に1000万人の餓死者が出る恐れがあるとの非常事態宣言をだし、国民に対し、自由に難民として出国を許可しました。これにより、明日の午前10時から、韓国政府、中国共産党、日本政府は緊急首脳会談を行う方向です」


デイサービス施設で垂れ流されるNHKニュースを見ながら、猿爪1人が、深刻に気を引き締めた。


「ついに来たか。恐ろしいほど、スケジュールは正確に進んでいるという訳だな」


猿爪は、目立たぬように、四国の地図を取り出し、今晩から動き出すであろう、一大イベントについて、もう一度冷静に検証した。


本州四国連絡橋は3つあるが、その2つに四国中の認知症患者を動員する。


あるものは、歩いて、あるものは車を運転してくるだろう。10年もボケ続け、排泄の介助を常に要したじい様が、家の車を勝手に運転する姿を見て、息子夫婦はどう思うだろうか?素直に喜ぶ家庭が1つでもあればいいが、そうはいくまい。


壁に自分の糞を塗りたくる婆様は、橋に老人一同が集合した時に、化粧をしてこればよかったと恥じらうのだろうか?


「猿爪さん!地図なんか見て、どうしちゃったんですか〜?すごいですね~。あっ、字も書けるんですか!わー、綺麗な字。私よりも上手い!」


「当たり前だろ。お前らのような介護士ふぜいが何を言うか。こっちは、呑気にお遊戯してるわけじゃないからな」


ぽかーんとする介護士を置いて、猿爪はシャキッとした歩き方で、肩に風を切りながら玄関口に吊るしてあるハイエースのキーを取り、カウンターの裏のボタンを押して、内側からはボタンを押さないと出られない、ボケ老人脱走防止用の特殊な作りの自動ドアを難なく攻略し、瞬く間にエンジンをかけて出発した。





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