第44話 ヴァルキレーション

「グリッド点火!」

 来栖ミカをまとっていた繭が、彼女自身によって内部から破砕された。ミカの頭部から流れ出るツインテールが明るい栗色から、瞬時に金色へと変わっていく。

 ヱルゴールドから赤い光が溢れ出す。急速に重力が元に戻り、晶と怜は床に落っこちる。ゆっくりした落下から加速度がついたが、二人は受け身をとったため、かろうじて激突を免れた。天井は、宇宙空間も渦巻きも消えていた。

「時空間が元に戻った! これは、ミカの力によるものよ!」

 怜が立ち上がってモニターを確認する。ミカの力がヱルゴールドを正常に戻したのだ。

「ミカは今一体どうなっているの」

 晶はふとアイを見た。アイ12はじっとヱルゴールドの放つ光を見ている。

 ヱルゴールドから溢れる真紅の光はまるで噴火のように放出され、八方に赤い閃光の束が延びていく。二人は、ヱルゴールドから避難した。晶たちは、眩い光を放つ巨大な人の形が急速に立ち上がるのを見た。真っ赤に輝く滑らかな流線形のスリムなボディーは女性のものだった。赤い巨人は飛び上がると、天井を透過して消えた。

 少女の姿をした巨人は地上に現れ、像を結んだ。黄金ドームに槍をかざすメタルドライバーに掴み掛かった。それは明らかに巨大な来栖ミカだった。平行宇宙で着たアイドルのような真紅のステージ衣装と、守護霊の赤い鎧を合わせたような、密着したボディスーツに身をまとい、その頭部からは豊かな金色のツインテールが溢れ、流れ出ていた。

 ミカは最初、黒髪だったが、ヱルゴールドに接続してから、茶色に変わり、回数を重ねる事に次第に明るい栗色に変色していった。そして遂に、力の覚醒が起こった今、金髪に変色した。

 目は碧眼に様変わりし、頭部から、赤い二本の角が生えていた。光沢のある真っ赤なボディスーツに、ルビー色の槍を持っている。口からは長い犬歯が見えている。ただの八重歯ではない。四つの犬歯が牙になっている。変化はしているもののそのベースは、間違いなくたった今までアクセスデバイスに座っていたはずの来栖ミカその人である。だが、全長百メートルのメタルドライバーと同じくらい巨大になっていた。晶と怜は唖然として、巨大なミカがメタルドライバーを押し倒すのを目撃するしかなかった。

「あれは何?!」

 晶は当惑しつつ叫ぶ。ヱルゴールドにミカのデータが示されると同時に、怜はそこに現れた文字を読み上げる。

「『ミカ・ヴァルキリー』? あれの事を示しているのかしら」

 ヴァルキリーとは神話の戦乙女の事である。エル・ゴールドは時輪経を解くカギを手に入れ、封印された記憶を取り戻し、これまで次々と起こってくる事件の説明をしてきた。「ディモンスター・アルテミス」、「ダークフェンリル」、そして今、「ミカ・ヴァルキリー」と、数々の現象の正体を明かしていった。それら全てが、伊東アイのシナリオの中にあったことには違いないだろう。アイ12の表情が、それが何かのか、全て知っている事を物語っていた。

「あなたは知っているんでしょう。教えてよ。あれが何なのか」

 晶は隣のアイ12に尋ねる。

「フォースヱンジェルが覚醒した完全体。それがヴァルキリー。彼女は完全体として覚醒する、すなわちヴァルキレーションした。来栖ミカがかつて前世で、戦いの時に表した姿。かつて三十万年前の、紅玉の戦士。あの時には、赤鬼と恐れられていた、阿修羅姫よ。それが、最初にヱルゴールドで呼び覚まされて、そして来栖ミカがメタルドライバーを見て恐怖した事、それが彼女の闘争本能へと繋がってゆき、遂に彼女のアストラル波を解放した。あの戦闘能力は、かつてフォースヱンジェルだった頃の記憶が蘇ったもの。ミカは今、凶暴なる赤鬼としての戦闘兵器になり、目前の敵、メタルドライバーとの格闘に躍起になっている。あの槍が、何よりの証拠。あれこそ、ミカが前世で使っていたルビースピアーという武器。ルビーはミカを象徴する石。だから、あの槍は存在する。他の武器は出現させることはできない。何故ならあれは、只の武器じゃない。一つの人間に、一つの武器。ミカのかけがえのない個性の現れなのだから」

 メタルドライバーの出現が、ミカをメタルドライバーと同じ百メートルのヴァルキリーに変化させた。臨界点まで九十九パーセント満たされていたエネルギーが、遂に百パーセントになり突破した。

 今、東京時空研究所のメンバーは巨大なミカがメタルドライバーと乱闘している有り様を目撃し、自分たちはなすすべもなかった。

「あれがフォースヱンジェルの完全体か! 何かデータは?」

 晶は再び怜に聞いた。

「ヱルゴールドは、亮のエネルギーを検知している。亮のアストラル波が、時空を超えているんだわ。これは、分かった、ストレートヱンゲージの結果よ!」

 ヱルゴールドは時輪経の戦闘天使の断章から次々ミカ・ヴァルキリーの情報を引き出してゆく。

「あのボディーは、ミカのアストラル波が物質化した、アストラル物質よ。時輪経が予言した。遂にそれが、私たちの目の前に。あれは実体を伴っている。ミカ自身が巨大化したのではない。あれは、ミカのイメージが、彼女のアストラル体に実体化し、巨大なミカを表現しているものなのよ。アストラル物質は、アストラル波と物質の中間的な存在。あのスーツや槍も、ミカが自分のイメージした事をアストラル体に働きかけて実体化させている。ミカは今、ヴァルキリーのちょうどハートチャクラの中に居るわ。ミカの五感がヴァルキリーの五官に直結しているから、ミカ自身、ヴァルキリーとしての自己認識がある」

「という事は、ヴァルキリーの体が傷つけばミカも死ぬと?」

「まさにその通りよ。ミカとヴァルキリーは完全に連動している。アストラル体の実体化は、戦闘に耐えうるかなりの強度を持っているから、生身よりはずっと丈夫だけど。あれは、肉体がそのまま巨大化したのではないから。フォースヱンジェルのエネルギーが巨大化したものと言えるわ-----」

 怜が目の当たりにしているものは、人類の進化の力だ。


「斬り倒してやる!」

 ミカの怒号が白羊市中に響きわたる。地上に居れば、スピーカーなしでも聞こえるだろう。巨大なミカはルビースピアーを空中に翳した。両手でプロペラのように回転させながら、メタルドライバーに向かって突撃する。メタルドライバーはミカを返り討ちにしようと、アンテナランスをカウンターで食らわせた。だが次の瞬間、電撃のような素早さでルビースピアーは、敵のアンテナ槍を受け止めている。続いて槍はメタルドライバーの喉元に突き立てる。それをドライバーは鎧で覆われた左腕で撥ね退けた。

 ミカ・ヴァルキリーは一歩後ろに下がり、槍を袈裟斬りに肩口から斬り下ろす。ドライバーのランスが再びルビースピアーをかわし、僅かな隙を狙ってさらに突き上げる。よけきれない。

 ミカの巨大な身体の前方に丸い磁場が形成された。

「アストラル波でシールドを正面に張った」

 ミカのシールドと相手のランスが激しく衝突し、両者の間に電光が飛び散った。

 ミカ・ヴァルキリーはルビースピアーを構え、再び突進する。ブインという重低音が鳴り響き振り回されたその槍の攻撃を、メタルドライバーはバック転で避けた。

 最後に三回転してビルの上に降り立ったメタルドライバーは、青い槍を振りかざして、眼下のミカ・ヴァルキリーに飛び掛かった。槍を両手に持って頭上にかざし、猛襲する剣を受けたミカは左足で大地を踏みしめる。アスファルトが両足でえぐられ、破壊される。メタルドライバーの巨大な鍵爪は、ミカ・ヴァルキリーに襲い掛かる。ミカは左腕で鍵爪の手首を抑えた。しかし、青い大槍が振り降ろされて殴られ、ミカは吹っ飛ばされた。ミカ・ヴァルキリーは一キロメートル転がっていき、街は破壊された。しかしミカはすぐに立ち上がり、槍を構えて再び突進していった。今度はやりではなく、足を高く突き上げて、相手の胴体を蹴り飛ばす。やり返されたメタルドライバーは跳ね飛ばされ、千七百メートル離れたビルにぶつかった。ビルは崩れさる。

 ミカ・ヴァルキリーは、その場でルビースピアーを思いっきり相手に向かって突き出した。槍はその長さを急速に伸ばしていく。一挙に槍身がどんどん伸びていく。ルビースピアーは数キロ先で起き上がろうとする敵を串刺しにしようとしていた。

 メタルドライバーは飛び立った。稲妻を身にまとい、空から襲撃しようとしている。

「飛んでも無駄よ。私だって飛べるから!」

 ミカもジャンプした。ミカ・ヴァルキリーの背中には、白い大きな羽が出現した。巨大な翼を羽ばたかせ、ミカは上空の敵を急襲し、下から斬りあげる。メタルドライバーは、かろうじてアンテナ槍でルビースピアーを避けた。黒雲の狭間で刃がぶつかり合う、ガシンという大きな音がする。ミカは優勢だった。メタルドライバーはルビースピアーの攻撃を避けたが、大きくバランスを崩し、大地に墜落する。

 相手を追うミカ・ヴァルキリーの翼の音が、ジェット機の爆音の如く白羊市の街中に響きわたる。槍を振りかざし、倒れたメタルドライバーの上に急速降下していく。横になりながらドライバーの大槍が再びルビースピアーを避ける。メタルドライバーは立ち上がり、大槍でヴァルキリーをくし刺しにしようと猛攻撃する。

「シャンバラのウォリアーなんて大したことないじゃない!」

 豊かな金髪を揺らしながら、メタルドライバーの槍の応酬をミカ・ヴァルキリーが高速度の動作で受ける都度、ガチャン、ガシャン! という音と共に振動が、スクリーンで見守る晶たちにまで感じられる。ルビースピアーはドライバーの大槍に比べて細みだが、その猛攻を軽々と避けている。

 ドライバーの槍は地上の戦車を刺して拾い上げると、ミカ・ヴァルキリーに投げ付けつけた。戦車はミカの額にヒットした。一瞬首を後ろに反り返り、ミカは動きを止めた。

「ミカ!」

 晶は慌てた。

 しかし、首を起こしたミカはメタルドライバーを睨み付けた。額に、赤い血が流れている。ミカ・ヴァルキリーも傷つくのだった。

「よくもやったわね。だけど教えてあげる!」

 ミカのルビースピアーが輝きを放った。メタルドライバーの胸を目掛けてルビースピアーは伸びていく。

「私の槍はね! お前の槍とは! 次元が違うのよ!」

 ルビースピアーはドライバーの肩にヒットした。続々繰り出されるルビースピアーの無数の槍先が、次第にメタルドライバーの大槍を押していく。西洋風の大槍を持つメタルドライバーと、細みのルビースピアーが再び激しく打ち合う。

 ミカのルビースピアーは、大槍を打ち砕いた。そのまま槍身が伸び、メタルドライバーの胸を貫いた。メタルドライバーは太陽のような明るさで輝き、それを構成していた藍色の鉱石は砕け散った。彼らはヱルメタルと同様、すべてが鉱石で構成されている。

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