二、立ち並ぶ旗
アインズが報告書の山に埋もれている間に、少しばかり時間を遡って話をしよう。
所は玉座の間。
アインズは一人、悠然たる入場と、玉座への着席、歓呼が巻き起こったときのために「静粛に!」と伝えるためのポーズ、ならびに演説をする場合に使えそうな身振り手振り、褒め称えるための仕草などなど、ひっそり自室で訓練したあれやこれやをリハーサルしていた。
一般メイドと護衛のシモベたちはなだめすかして、玉座の間の入り口を出たところ、廊下に待機させている。仕事熱心なシモベたちはアインズを片時も独りにしたくないらしく、おかげで常に「支配者然」とした振る舞いを己にしいるのはなかなか骨が折れる。疲労のバッドステータスこそないものの、気疲ればかりはいかんともしがたい。
(うん、片手をこう掲げて……こんな具合だな。よし)
玉座の間が全面鏡張りでないことがやや悔やまれるのはこんな瞬間である。すでに自室で鏡の前での練習は済ませてあるのだが、いかんせん玉座の間にてシモベたち一同がいるだろう辺りを見下ろしながらやるのと、自室でひっそりやるのでは勝手が違ってくる。
(玉座の間はやっぱりこう、威圧感というか……なんかこう、背筋がぴんっと伸びるようなところがあるよな。声もよく響くし。ええと、目線はちょい高めにして。誰か特定のシモベを凝視したりしたら、それはそれで騒ぎになりそうだし)
アインズが両腕を広げ、「これからもさらなる忠義に励むがよい!」と、演説の締めのパターンの一つ目を試したときだった。
盛大な拍手が、頭上から聞こえた。
アインズは凍り付き、そろそろと顔を上げる。
「さすがは我が創造主たるアインズ様っ! 素晴らしい!」
視界に収まるのは、シャンデリア。
そして、シャンデリアにつり下がる十字架に、足をかける軍服野郎だ。
「とおっ!」
無駄にきらびやかなエフェクトでもかかりそうな回転をかけつつ、華麗に飛び降りる。シャンデリアは僅かにも揺れない。膝を落とし、両手をさっと水平に広げた状態で、見事な着地を決める。
軍服姿の卵頭は、ニヒルな雰囲気を漂わせ、ふっと笑ってみせる。
その一連の流れのなかで、三度もの精神抑制がアインズを駆け巡った。彼は威厳を保ったまま、意志力を総動員して己が黒歴史を見据える。
「私に用か、パンドラズ・アクター」
「はっ! ご命令くださっていた仕事につきまして、報告書を提出いたします。まだ全体の四分の一程度ではございますが」
「ああ、ご苦労。……ご苦労だが、ひとつ聞きたい。なぜシャンデリアにくっついていた」
「もちろん、アインズ様に私の完璧な登場シーンをご覧いただくためです!」
「……ちなみにいつから待機していた?」
「これは……それをお知りになりたいというのが我が神のお望みとあらば、むろん微に入り細を
「その理由は?」
「もちろんっ! 種が分かった手品はかっこよくないからです!」
「……ああうん、そうだな。分かった。聞かないでおこう」
「ありがとうございます、アインズ様! ですがどうかお忘れなきよう、私の行動方針は常に変わりません。『我が神のお望みとあらば』――ただそれだけです」
す、と軍服の内側に手を入れたパンドラズ・アクターはA4サイズのクリアファイルを差し出す。
「うん、そうか」
適当に受け流しつつ、受け取ったクリアファイルから書類の束を取り出す。
「そちらにありますアイテムは、どれも効果にこれといった変化が見受けられなかったものです。とはいえ私の認識とアインズ様のそれとにずれがある場合に備えて、すべてリスト化しておきました」
「ふむ。助かる」
「その報告書の一番下にあります一枚に、変異が明らかなもの、あるいはなんらかの不具合がみられるものをまとめてあります」
アインズは頷いて、その一枚を取り、残りはクリアファイルにいったん戻す。
この世界に転移したことでアイテムの効果になんらかの変化が起きている可能性があることを、アインズは懸念していた。
これまでのところ、魔法もアイテムも問題なく使える。
しかしながら、それをもってすべてのアイテムが知っているとおりの効果、ないしはそこから予測されるとおりの効果であると決めつけるわけにはいかない。
転移の原理が分からない以上、念には念を入れて確認しておきたかった。
ナザリックの強みは、その財宝の多さにもあるのだから。
「ん? そうか、たしかにこのアイテムは……なるほど、そうなるのか……ふうむ」
それにしても――懐かしい。
このアイテムはあの人が見つけた、
このアイテムはあの人とあの人とあの人といっしょに、
それからこのアイテムは……
リストをざっと確認していくアインズの、指が一点で止まった。
「……このアイテムについては空欄のようだが」
「申し訳ありません、アインズ様。それは壊れているようなのです」
アインズはつと顔を上げる。
パンドラズ・アクターは畏まって頭を下げた。
「いや。お前が悪いわけではない。……そうか。そうだな。もともとこの『ナイトメア・カーニバル』は、壊れていたのだ。当然だな」
アインズの視線は宙を彷徨い、玉座の間に飾られた仲間たちの旗を見つめていく。
がらんとした玉座の間に、孤独がたゆたっていた。
『ナイトメア・カーニバル』。
とあるイベントの、ランキング一位特典でゲットしたアイテムだ。
ギルドの防衛体制を確認するためのアイテムであり、これを使用すると一定時間、拠点にはギルメン以外入ってこられない。
その間に何が起きるかといえば、ギルメンのデータからランダムで五人分が選ばれ、それらをもとに組み上げられたNPC五人が拠点の入り口から攻め込んでくるのである。
この五人を撃退するか、制限時間がきたら、このアイテムの効果は終了する。
このアイテムが発動している間に、これらNPCを倒すためにかかった費用や、使ったアイテムは、効果が終了すると同時に『なかった』ことになる。また死亡した者は、NPCであれプレイヤーであれ、無料で復活する。
簡単に言ってしまえば、「ギルメン五人(ただしAI操作)が攻め込んでくるのを撃退するという悪夢です。夢から覚めたら損害とかなかったことになるんで安心してくださいね」ということだ。罠がうまくコンボを決められるようになっているかとか、無駄な手数を注いでいないかとか、そういうことを実地に確認するためのものであり、また自分自身や仲間と戦う気分を味わえるというお遊びアイテムでもある。
これを獲得したときのことを、アインズはよく覚えていた。
まだ、四十一人全員が揃っていたころだ。
そのイベントは『五人一チームのみでダンジョンにもぐり、最奥にいるボスを倒すまでのタイムを競う』というもの。通常、六人一チームを複数チーム送り込むわけで、社会人ギルドにあっては時期次第では人数が集まらずに苦汁をなめることも多いのだが、このイベントはもとより数の暴力に頼れない仕組みというわけだった。
入り口に足を踏み入れてから、ダンジョンを攻略するまでの時間勝負。
五人までのチームを何チーム参加させてもいいが、それぞれのチームはダンジョンに入った瞬間、分断される。
というかチームの数だけ同じダンジョンが出現するような感じだ。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は、ぷにっと萌え監修のもとに、それぞれ異なるコンセプトをもつ複数のチームを編成した。モモンガが参加していたチームは、絡め手中心のダンジョンだった場合に効果的なメンバーと装備だったが、これはランキングで中の上止まりだった。るし★ふぁーがへんないたずらっ気を出さなければ、もっと上にいけたはずなのだが。
一位をとったのは、仲間の短期決戦型のチームだった。あとになってモモンガたちも、そのときの映像を観せてもらった。
見事な連携だった。
弐式炎雷の圧倒的な探索能力が、最短距離での踏破を可能とした。敵モンスターは仲間を呼び集めるスキルをもつ者が多かったが、ほとんどを死角から忍び寄った弐式炎雷が一撃で排除し、味方を呼ばせなかったため、かなりの手間を省けた。いくらかの戦闘は避けられなかったが、それとて彼があらかじめ攻撃に適した場所を見出して報告するものだから、たっちと連携して瞬殺である。ウルベルトが手持ちぶさたで、アバターの表情は変わらないながら憮然とした雰囲気だったほどだ。
もっとも弐式炎雷の防御力はあまりに低い。戦闘になるときは必ず守られる体勢である。だがそもそも彼まで攻撃が届くことはほとんどない。
アインズ・ウール・ゴウンが誇る盾、ぶくぶく茶釜はその大役を軽々とこなしてみせた。彼女は最強の盾であり、しかも仲間の動きを熟知した盾だった。仲間がかわせるはずのところを守るような無駄はせず、仲間があえて受ける方がよいと判断するところは彼女もまたそれと察した。ただ一つの盾は常にどこをどう守るべきか選択を迫られる。計算よりも直感で、思索よりも経験で、刹那の判断を迷いなく下していった。
やまいこが担うは強行軍を支える盾と回復。敵を吹き飛ばし距離をとることもしてのける。ボス戦までは敵の殲滅よりも前進しつつの戦線離脱を優先し、ウルベルトが一度も魔法を放たずに済むようにさせたことには、彼女の貢献も大きい。ぶくぶく茶釜のヘイトコントロール――敵が攻撃してくる対象をうまく誘導するための支援も、やまいこは見事にこなしていた。
しかしなんといっても、ボス戦である。
反目し合っているはずのたっちとウルベルトは、こと戦闘に関して完璧に息が合っている。惚れ惚れするほど美しく、見事な連携なのだ。
まあ、『
あの一糸乱れぬチームプレー。全員が全員を深く理解し、信頼し合っているからこそ、一たす一が十にも百にもなり、それが積み重なる。
映像を観ただけでも、モモンガの身内から激しい興奮が湧き起こった。これが俺たちだ、最高の仲間たちだ、と。
誇らしい気持ちは、アバターの表情には浮かばない。だが隣でいっしょに映像を観ていたペロロンチーノもまた、同じ興奮を覚えていたはずだ。
彼が呟くように「やっぱり最高だよ」と言ったことは忘れていない。あのときの、熱に浮かされたような、それでいて当然だと言いたげでもあるような、「やっぱり」の響きが、モモンガにはとてもうれしかった。
……しかしそれももう、過去のことだ。
ギルメンたちが去って行ったあと、ときどきアインズは、このアイテムで寂しさを紛らしていた。ランダムで現れる五人のギルメン。しゃべることもなく、まして心を通わせることなど叶うはずもなく、敵対するという形でしか対峙しえないと分かっていて、それにすがらずにいられなかった。
るし★ふぁーは、そんなささやかな楽しみさえぶち壊した――
怒りは激しくある。だが同時に、あの男を本当にどうしようもなく苦手だと再認識しながらも、心の底ですこしだけ、感謝しないわけにはいかなかった。
ほんの短い間でも。ひどいいたずらのためだったとしても。
ナザリックに、戻って来てくれた。
……アインズはリストに視線を戻す。
何事もなかったように、続きをチェックする。
渦巻く懐かしさには、苦い痛みが伴う。
しずかに控えるパンドラズ・アクターに気付かれまいと、彼は意図して押し殺す。
強い感情はすぐさま抑制される。
けれどこの、じくじくとした孤独のうねりは、ひそやかにアインズの全身を這い回るのだ。どこまでも親しげに、なれなれしく。振り払われることはないと、はじめから承知して。
一枚のリストをすべて見てから、アインズはクリアファイルに戻す。
「うむ。残りのリストはあとでゆっくりと確認しよう」
「はっ! では私はこれにて宝物殿に戻ります」
「ご苦労。休憩はちゃんと取れよ」
「我が神のお望みとあらば」
くるっと背を向け、かつかつと靴音も高らかに、颯爽と歩み去り、
数歩と進まぬうちに華麗なターンでこちらに向き直り、
ふわりと右手を左胸に、深くお辞儀をしたかと思えば、その手を高く掲げ、
「アインズ様に栄光あれ!」
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させ、消えた。
玉座の間に静寂が戻る。
アインズは最後の最後にまさかの精神抑制を受け、なんかもう疲れて倒れ込みたくなった。というかその場に倒れ伏してがんがん床を殴りたくなった。やらなかったが。
ともあれ精神抑制が発動したことで、少しは気を取り直せたようだ。
アインズは念のためさらに二度ばかり、通しでリハーサルをやった。鋭い質問や意見があった場合の時間稼ぎな発言や、それとなくデミウルゴスに話を振るやり方も試しておく。とっさの場合にすぐさま、いとも自然に放てるようにしておかなければ。
自室に戻ろうとしたアインズだが、ふと思い立って、足を止める。
仲間たちの旗が立ち並び、アインズを見下ろしている。
骸骨の顔に浮かべられたなら、そこにあるかなきかの微笑が浮かんだことだろう。
寂しさと懐かしさが入り交じった笑みを。
「るし★ふぁーさんがあのアイテムを壊してしまったのは……むしろよかったのかもしれませんね」
守護者たちにそれとなく探りを入れたところだと、『ナイトメア・カーニバル』発動中の記憶はないらしい。あれば大騒ぎだ。何度となく至高の存在にそっくりな者たちがナザリックに突撃してきていることになるわけだから。NPCたちの性質を考えると、これはもうかなり深刻なトラウマになる。
使えるとなれば、使いたくなったろう。
どんな形であれ、彼らの似姿を眺めたいと。
だが、それは許されないことだ。
ナザリックのシモベたちすべての忠義を、踏みにじるような行いだ。
「……まあ、あれを壊したことについて許すつもりも感謝するつもりもありませんが、……結果オーライとだけ、言ってあげても構いませんよ。るし★ふぁーさん」
あなたがここまで、来てくれるんなら。
……さて。
時間軸は再び現在、アインズの執務室である。数ある報告書に急ぎ目を通し、ナザリックの支配者として為すべきことを考える。
この異世界で生き抜かねばならない。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名に恥じない生き方を。
仲間たちの子どもともいうべきNPCたちと共に。
『
「ナーベラル、これよりハムスケを伴い第九階層に来い。訓練でついた汚れを風呂で落としてさっぱりさせてから、エ・ランテルに向かおう」
「御心のままに、アインズ様」
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