キアネ

 

 次の日の朝、何だかお疲れ気味の私は、努めて明るく教室に飛び込んで挨拶した。無理もない、初日から餡かけエスプレッソコーヒーのような濃い~一日を過ごしたのだから。

 最後尾の席にはちゃんとハラダが登校しており安心した。窓の外の風景を退屈そうに眺めているだけだったが……。前寄りのバンガーターとヘスも、ばつが悪そうに髪をいじりながら出席確認の声に答えてくれた。何か思うところがあったのだろう、彼女ら3人は散らかった廊下の掃除に積極的に名乗り出たそうである。ゴミだらけだった教室外は、いつの間にか綺麗に片付けられていた。

 委員長のローレンスが手を上げて、席に座ったまま報告する。


「今日もシェッツは遅刻のようです。他は全員出席してますよ」


「うーん、とても低血圧とは思えない人なんだが……」


 その時バタバタという音と共にシェッツが、勢いよく教室に飛び込んできた。


「おはよーございます! すんません、ちょっとだけ遅刻しちゃいました」


「……罰として、大山鳴動奥義ブラ背負い投げだな。シェッツさん」


 蒼い目の彼女は虹彩色のように、ちょっと青ざめた。でも今日はとても急いでいたので、朝からシャツの下はノーブラなんだと。


 ホームルームが終わるやいなや、早速二人が話しかけてきた。まずは頬を赤らめたアマクリン。イメチェンしろ、と言ったら本当に前髪を切ってアイドル風の髪型にしてきたようだ。


「先生……大変です。メアリーにおっぱいをあげようとしたら、大事なところを噛まれてしまいました」


「メアリー?! 亀の赤ちゃん? 君はアホなのか、アーケロンが哺乳類のように乳を吸うわけがなかろう――っていうか最初から出るわけがなかろう! おふざけもいい加減にしろ!」


 胸を押さえたままの彼女を押し退け、次にずいっと現れたのは、デカくて一際ぶっきらぼうなハラダだった。


「先生……これをお返しします。昨日は礼を言うのを忘れていましたが、どうもありがとうございました」


 アマクリンより恥ずかしそうに頭を下げたハラダは、私に紙袋を手渡した後、静々と自分の席へと戻ってゆく。袋の中身を見ると綺麗にクリーニングされてビニール袋に入れられたスーツのジャケットが見えた。


「ハラダさんのお家はクリーニング屋さんなんですよ」


 ローレンスの説明に私は納得して、軽くハラダに会釈した。彼女は耳まで真っ赤になっている。フッ、私の見立て通り可愛い奴じゃないか。女の子らしくなったのは良いのだが『先生、私の薔薇をもう一度見て下さい』なんて言われたら困るなあ……って朝っぱらから何を考えているんだ私は!


 さあ、今日はどんなトラブルやハプニングが学校で待ち構えているのだろう。まあ……デュアン総督と戦っていた日々を思い返してみたら、そう大した事でもないな。

 私は出席簿と配布プリントの余りをトントンと机の上で揃えた後、3年B組の生徒達に手を振り再び職員室へと向かう。

 廊下にはすがすがしい朝日が差し込み、教室から溢れ出す元気な女学生達の声をも輝かせていた。


   【おしまい】


 

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