ヒパティア
ゴールドマン教授は紺色のピンストライプの背広を着ていたが、ずいぶんと生地がくたびれており、お世辞にも上等な物には見えなかった。その代わりネクタイには気を遣っているのか、センスのいい柄を選んでいるなと思った。改めて観察すると顔に刻まれている皺の具合から60代前半ぐらいの頑固なアウトドアジジイ風なんだな。
「あんた、地球人のオカダさんだね」
「あなたこそ地球人のゴールドマンさんではないですか」
「もうすぐ昼休憩の時間だ。一緒に昼食をいただこうではないか」
ゴールドマン教授は初めて僕に向かって気さくに話しかけてくれた。同じ地球人という事で、年齢に関係なく父親のように気兼ねなくしゃべってもらって結構とのこと。急にそんな事を言われても……。
「俺のコンタクトは今、どうなっているんだ」
「……ああ、あれか。デュアン総督の命令で火中に投じて焼却処分となったよ」
「ナノテク・コンタクトは超高価なのに、何て事をしてくれたんだ!」
「……総督は、君の力……つまりは衛星軌道上にあるという宇宙船を酷く恐れているのだ。コンタクトレンズが解析不能で自らの管理下に置けない事が分かると、すぐさま処分命令がでたよ」
「やるとすれば、そうだろうな……」
「オカダさん、いやオカダ査察官……まだ宇宙船を操作する方法があるのでしょう?」
「やはり、そうくるか」
「当たり前だ。普通ならバックアップを必ず用意しておくもんだ」
「あったとしても、教えないぜ。特に、あなたにはね!」
「よく聞け、地球から来た同胞よ。私はデュアン総督下の奴隷制度に一石を投じ、革命を起こそうと密かに画策しているのだ。かの第十六代アメリカ合衆国大統領リンカーンを知っているかね? 彼のように奴隷解放を共に目指していこう。男をアマゾネスの支配から解き放ち、自由にするんだよ……一緒に奴隷解放宣言だ」
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