第28話 妖狐と記憶。
突然の事態に思考が追いつかなかった。
そんな俺にお構いなく、白いキツネに『物の怪』が触手のようなモヤを振りかぶるのが視界の端に映る。
「っ!? させるかっ!」
一度頭が真っ白になったからだろうか、足の震えは止まっていた。
なので反射的に白いキツネの側に落ちていた都子の短刀を拾い上げ、迫り来るモヤを払いのけることができた。
もう勝った気でいたのだろうか、俺からの思わぬ一撃を受けモヤが完全に『物の怪』の中に戻る。
それ見た瞬間、俺は倒れている白いキツネを抱き上げ『物の怪』から逃げるべく走り出した。
「はぁ……はぁっ、お前、もしかしなくても、都子なんだよな?」
走りながら腕の中でグッタリしている白いキツネに声を掛ける。
白いキツネは目を閉じて微かに震えている。
どうしてかその様子に俺は既視感を覚えた。――こう、もう少しで思い出せそうな気がする。
頭の片隅で昔の記憶を探しながら、がむしゃらに走り小さな児童公園に辿り着く。
公園の真ん中辺りで膝をつき、呼吸を整えようと酸素を求める。
その時、血の匂いとは別の香りがフワりと鼻に届いた。
太陽のような、陽だまりのような、そんな柔らかで優しい香り。
俺はこの匂いを知っている。
脳裏に浮かぶのは親父の実家、じいちゃんばあちゃんの家。
絵に描いたような田舎で、夏休みに遊びに行くたびに低めの山に遊びに行っていた。
その時に、ボロボロの血塗れになって伏せているキツネを見つけた。
慌てた俺は、そのキツネを抱きかかえて一目散にじいちゃんばあちゃんの家へ向かった。
俺とボロボロのキツネを見たときの両親と祖父母の驚きようは、今まで忘れていたことが不思議なくらいである。
母さんにはエキノコックスがどうのこうのと言われたけど、あの時はそんなことを気にしていられなかった。
今考えると感染しなくて良かった……。
それから、ばあちゃんの指導の下で包帯を巻いたり水を飲ませたり看病した。
結局、それから十日後の俺は帰る頃には動けるまでには回復していた。
じゃあ、この白いキツネ――都子はあの時のキツネなんだろうか?
あの時も……血の匂いとは別の柔らかで優しい香りがしたと思う。
「なぁ、都子……。お前、あの時ボロボロだったキツネなのか?」
「……うん、そうだよ。やっと、思い出してくれたんだね」
どういう訳かはわからないけど、キツネの状態でも人間の言葉が話せるようだ。
そして、その声はもの凄く苦しそうで、聞いている俺も苦しい気持ちになってきた。
「あの時、祐が助けてくれなかったら、私は死んでたと思う。……看病してくれて、力も分けてもらえて、こうして祐とまた会えて……凄く、嬉しかった」
力も分けてもらえて、と言うのも引っ掛かるが都子の喋り方が妙に後ろ向きだったということが凄く引っ掛かる。
「おい、都子?」
「私が、どうにかしてアイツを食い止めるから……祐はとにかく逃げて」
「――それって!」
都子を見殺しにして逃げろってことじゃないか……。
確かに、さっきまで都子を避けていた俺が何かを言う資格があるとは自分でも思えない。
それでも。
「そんなこと……出来ないだろ」
「大丈夫、だよ。私も『物の怪』だから、ね?」
ここで、そのことを言われるのか……。
自業自得だったとしても、こんなのはあんまりだろ?
「俺は……」
腕の中でもぞもぞと這い出そうとする都子。
傷を刺激しないように、それでも腕の中から抜け出せないくらいには力を入れる。
……身勝手でも、行けるところまで都子を抱えて逃げよう。そう決心し、立ち上がる。
入ってきた方とは逆の出口に足を向けたその時、ボトっと背後で何かが落ちる音がした。
恐る恐る振り返ると首が変な方向に曲がったカラスが落ちていた。
喉の奥で悲鳴を押さえ込む。正直、冷や汗が止まらない。
そしてゾワッと血が冷たく沸騰する感覚に襲われ、ほぼ勘みたいなもので身体が勝手に前へと跳躍した。
一瞬遅れて鈍い打撃音が背後で鳴る。――次は、横へ!
「うくっ!」
腕に少し掠ったが、触手のように伸びてきたモヤをかわすことに成功した。
そのままターンして、そこに居るであろう『物の怪』を正面に捉える。
「……なんか、さっきよりも大きくなってないか?」
「多分、カラスとか襲って負のエネルギーを集めたんじゃないかな……」
まさか、この短時間でパワーアップするとか……。
鞭のようにしなって横から振るわれるモヤを短刀でなんとか受け止めながら脱出経路を探す。
一本を相手するのでもやっとなのだ、二本目も使われたら今の俺ではお手上げだろう。
とにかくやり過ごさないと……。
都子を抱えているのでステップだけで避けながら、足りない分を短刀で受け止める。
とにかく今は集中して、『物の怪』の隙をついて逃げないと。
都子をしっかり守って無事に家に帰るんだ。
再度、振るわれるモヤを短刀でなんとか弾き返した、その時。
地面が一瞬にして盛り上がり、目の前に触手のようなモヤが飛び出した。
「なっ!」
慌てて横に飛び退こうと重心を動かし始めた時、左ももにズプッという感触があった。
「あがぁっ!」
「ゆ、祐っ! しっかり意識を持って!」
都子の呼びかけがなかったら発狂していたかもしれない。
痛みもそうだけど、それ以上に疲労感みたいなものを感じる。
これが以前、都子が言っていた負のエネルギーなのだろうか?
「だ、大丈夫だよ……何とか逃げる」
そうは言ったものの、足をやられると圧倒的に逃げ切れる可能性が低くなるわけで。
「まさか地中から攻撃してくるとは、思わなかったな……」
「ここはコンクリートじゃないからね」
「それもそうか……。っ!」
地中からの奇襲を警戒しつつ、ずっと繰り返される攻撃を片手で防ぐ。
どれぐらい時間が経っただろうか?
集中の糸が途切れたのかもしれない。
今まで鞭のようにしなった軌道が突然直線的になり、俺はあっけなくわき腹を貫かれた。
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