第9話 夕陽の中の妖狐。

 何だかんだで仲良くなった都子と冬花。

 ひとしきりお喋りが終わったタイミングで冬花が立ち上がった。


「あれ? 冬花、どーしたの?」

「うん、そろそろお暇しようかと思ってね」


 チラッと時計に視線を向ける冬花につられて、俺も時間を確認する。

 ――午後三時を少し過ぎたところであった。


「んー、もっと冬花とお喋りしたかったなぁ……」

「まぁ、また来るからその時ね?」


 シュンとした表情を見せる都子に、冬花は少し困ったように眉を八の字にしてなだめる。

 傍目からみていると、おもちゃを失くしてしょんぼりしている子犬とその飼い主みたいな構図である。

 

 都子はキツネ耳とキツネ尻尾が出ていたら、耳はぺたんと伏せて寝かして尻尾は力なく垂れているんだろうなぁ、なんて妄想をしてしまう。

 なんにしても、二人が仲良く出来そうで良かった。

 

「今度、買い物に行こうよ。都子ちゃんはこの街に来たばっかりでしょ? 色々、案内するよ」

「ほんとー!? じゃあ、祐も一緒に三人で行こうよ!」

「そうだね。どうかな、祐くん?」


 先ほどまでとは一転して上機嫌になる都子。コロコロと表情豊かで、思っている事をストレートに出しているんだとわかる。

 もし、これが演技だったら人間不信になると思う。


「あぁ、もちろん良いよ」

「やったー! 祐と冬花と出かけるの楽しみだなぁ!」

「そうだね。私も楽しみだよ」


 天真爛漫に喜ぶ都子と、その様子にすっかりガードがゆるくなって笑顔をみせる冬花。

 そんな二人を見ていて……都子と冬花という美少女二人と買い物に行くって、世の中の純粋な男子諸君からしたら嫉妬ものなんじゃないかとフッと思った。

 ……夜道は気を付けた方が良いかな?



 冬花が帰ったあと、都子はリビングのソファーに座ってテレビを観ていた。俺もなんとなくテレビと、テレビを観ている都子をぼんやりと眺めながらお茶を飲んでいた。

 何が面白いのか俺には少しわからないけど、都子は情報バラエティー番組を楽しそうに観ていた。


 番組内のコーナーが変わって、今話題の――俺ですら知っているアイドルがゲストで出て来た。

 トークから新曲の披露へと移り、軽快なアップテンポの前奏に続き、流れる様に澄み通った声色の歌声が耳に届く。今まで楽しげにテレビを観ていた都子が、急に身を乗り出して食い入り様に画面を見始めた。

 

 曲の最後のコードが余韻を残して空気に溶けていく。スタジオで拍手が沸きおこる。その様子を観て都子もつられて拍手をしていた。

 その姿を微笑ましく思い眺めていると、ガバッと都子はこちらを向いた。


「今の女の子、凄いね! キラキラしてて……歌声も心地良くて……とにかく凄いねっ!」


 興奮がこちらにも伝わってくるくらい、言葉に熱がこもっている。それに澄んだ赤茶色の大きな瞳がキラキラと輝いていた。


今戸いまどあずさだな、同い年のアイドルだよ。自分と同い年なのに凄いなって俺も思う」

「へぇー! 同い年なんだねぇ」


 同い年のアイドルに感嘆している様子の都子。その気持ちは凄くわかる。

 アイドルに疎い俺が知っているくらい、今勢いのあるアイドルが今戸あずさなのだ。


「私、ファンになっちゃったよ」

「ほー。じゃあ、今度三人で買い物に行くときにCD買いにいこうか?」

「うんっ! 凄く楽しみだなー。早く買い物に行きたいなぁ」


 そう言ってはにかむ都子はテレビで活躍しているアイドル以上に魅力的だと思った。



 その後、またテレビを楽しげに観ている都子に対して、俺はしばらくボーっとしていたのだが……少し小腹が空いてきた。

 何かつまむものはないかと、台所を漁ってみたけど収穫物はゼロ。無いとわかると途端に欲しくなるのは現代人の性なんじゃないだろか?

 コンビニに行ってこようと出かける準備をするためにリビングから出ようとしたところで都子から声を掛けられる。


「あれ? 部屋に戻るの?」


 どこか寂しそうな声色に足が自然と止まってしまう。


「あ、あぁ。小腹が空いたしコンビニに行こうと思ってさ。財布とか取りに戻ろうと思って……」

「私もついて行って、良い?」


 声色だけでなく、瞳にまで寂しさが浮かんで見えるのは俺の気のせいだろうか? いや、気のせいじゃないだろう。


「……あぁ、良いよ」

「やったっ!」


 ピョンッと元気良くソファーから飛び上がった都子。

 飛び上がった拍子に短めの黒色のフレアスカートがふわりと舞い広がり、血色の良い健康的な太ももの大部分がちらりと見えた。

 都子の太ももはスベスベしてそうで、一点の曇りもなかった。こういう時の男子高校生の記憶力を舐めてはいけないのだ。


 

 部屋に戻り、財布と家の鍵をポケットにねじ込み一階の戻ると都子は玄関で待っていた。


「さっ、コンビニへ行こー!」

「はいはい」


 元気一杯っといった感じの都子が軽やかな足取りで外に出て行った。俺もその後を追う。


 コンビニへの道すがら、都子が楽しそうに鼻歌を歌う――先ほどテレビで流れていた今戸あずさの曲だ。


「一回聴いただけで覚えたのか? 凄いなぁ……」

「うん。すっごく、良い曲だったからねー」

「そんなに気に入ったのか……」

「うんっ!」


 弾むような声で同意した都子の足取りはスキップになっていた。かるく飛び跳ねるたびに舞い広がるスカートに思わず視線が吸い寄せられる。

 思い出すのは先ほどリビングで見えた太ももである。健全な男子高校生には刺激が強すぎると思うんだ……。


「なぁ……都子?」

「んー? どーしたの?」

「スカートが……。いや、なんでもない」


 パンツが見えそう。なんて、道の真ん中で言葉にするのは恥ずかしい。ついつい、顔を背けてしまう。視線は太ももに向きそうになるけど。


「スカート? あぁ、大丈夫だよ。下着が見えないように動いているから!」

「あ、あぁ……それならいいんだけどさ」


 あっけらかんとそう言う都子にとりあえず言葉を返した。

 太ももが見えてることは良いのか? とか、そこまでは計算で見せているのか? など、色々な疑惑が浮かんだけど計算でそういうことをする子ではないと思う。

 多分、パンツが見えなければ良いと思っているんだろう。



「ついでに飲み物も買い足しておくか……」


 コンビニに着いて、スナック菓子の類を確保した。広くない店内の少しぶらついて他の商品も物色していく。たまに飲みたくなるんだよね、炭酸飲料。


 買いたいものをカゴに収めたので、レジに向かうと都子がレジ前においてある商品をジッと見つめていた。


「都子? どうかしのか?」

「あっ、祐! これー」


 レジ台にカゴをのせ、商品を店員さんにまかせてから都子の指差すものを改めてみてみる。


「どれどれ……。あーなるほど」


 レジ脇に置いてあった商品は、今戸あずさが大きく印刷されたクリアフィイル。確かに、都子が欲しがりそうだ。

 商品を袋詰めしながらこちらを窺っていた店員さんにクリアファイルも追加してもらう。



「ありがとうございます。またお越し下さいませー」


 コンビニ店員さんの定型文で送り出され、帰路につく。


「祐、ありがとねっ!」

「いやいや、クリアファイルくらい全然大丈夫だからさ」


 レジ袋を持っていない方の手を左右に振って気にするなとアピールする。

 クリアファイルくらいで笑顔が見れるなら安いものだと思うし、それが美少女の笑顔ならなおさらである。


「ううん、ホントに嬉しいんだ! だから、ありがとう」


 都子が軽やかな動きで俺の横から前に出て、こちらを振り向く。その際、スカートがフワりと舞い広がるけど、視線は太ももに吸い寄せられなかった。

 丁度、夕陽をバックにした都子の笑顔が逆光よりも眩しく感じ、思わず見惚れてしまったから。

 なんて思ったけど、あまりにもポエム的過ぎて小っ恥ずかしい。

 結局、俺は――。


「……そっか」


 そんなそっけない言葉しか口から出せなかった。



 ◇ ◇ ◇


「あれは……笠間っち? と、一緒にいる女の子は誰だろ?」


 コンビニから出て来た二人を目撃した知り合いがいたことを祐はまだ知らない。

 知ったとしても、どうしようもないのだけど。


「とりあえず、冬花にメールしないとね。私は冬花の味方なんだから」


 スマホを取り出し文字を打ち込むが、しばらくすると手が止まる。


「福島っちにも教えちゃおっかな? 楽しそうだし」


 ニヤニヤとしながら再びスマホの画面に指を走らせる女の子を、通行人が怪訝な顔で一瞥して通り過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る