喜楽な彼女と哀怒(あいど)るな俺

蛍光塔

プロローグ はじまりのミニスカ

 

 今日も空には太陽が二つ輝いていた。


「――思ったより人が集まっているね」

 満足そうに微笑む先輩。腕を組んで巨石の端にもたれかかるその姿は、男の俺が見ても顔よし・声よし・スタイルよしの三拍子揃っていた。

 耳が見える程の長さで切り揃えられた黒髪は風が吹く度さらりと舞い、意志の強さを輝きに変えた瞳が端正な顔に吸い込まれそうなカリスマ性を加えている。

 もし声が視覚化できたら間違いなく「イケメン」と言われるであろう。低すぎず高すぎず、伸びやかで聞き取りやすい声。 

 無地のシャツとズボンに革でつくられた茶色のベスト、というこの街では一番ポピュラーな組み合わせの服なのに、それが仮初の姿だと思わせる高貴さを滲ませている。かと言って似合っていないわけではなく、むしろ自分の身体の一部のように馴染ませるという矛盾を成立させていた。

 俺の代わりに舞台に立って欲しい。その方が絶対に観客――特に女の子が喜ぶから。

 今俺達がいるのは、自然物である平たい巨石を利用した街外れの舞台だ。高さ5メートル程のその岩は、学校の体育館のステージの倍くらいの広さを有している。屋根なんてない自然物をそのまま利用した舞台だから、当然控室なんてない。だから俺と先輩は巨石を挟んで観客とは反対側の端の方で出番を待っていた。

「な、なんでこんなに人が来てるんだよ……」

 そっと巨石の陰からのぞきこむと、先輩の言う通り100人以上集まっている。

 この街の人口比率から考えれば少数だけど、無名の新人の舞台を見に来たと思えばかなりの数だ。

「その恰好が珍しかったんじゃないかな」

「うぐっ」

 先輩の言葉を認めたくなくて、俺は反射的に身を捩った。そんな僅かな動きでも胸元の桜色のリボンは大きく揺れる。同時に、ワイヤーが入って重力を無視した膨らみとフリルにまみれたパステルブルーのミニスカートの隙間から、太腿を風に撫でられた。

「ひぅっ!

 うう……マジ、このスースーした感じに慣れないんですけど」

 俺は無駄だとわかっていてもスカートを地面に向けて引っ張る。一応下着の上に先輩のスパッツを借りて履いているが、それも太腿の半分しか覆ってくれないので、俺にとってはボクサーパンツを履いてるのと同じ感覚だ。スパッツだから恥ずかしくないはずなのに、パンツを見せている気がして無性に恥ずかしい。

「私も『向こう』ではそんなに短いスカートは履いたことがないから何とも言えないが……」

 そんな俺を見て先輩があごに手をやった。

「一つ助言をするなら、そうだな……女の子が恥じらいながらスカートの裾を押さえてる――グッジョブだよ! わかってるね、君」

「なんのアドバイスにもなってないです」

 そんなすごくいい笑顔で親指を立てられても嬉しくない。

「こら、これから舞台に上がる人間がそんなしかめっ面してたらダメだろう?」

 苦笑を浮かべる先輩が右の耳元を掻く。

 その仕草に、俺は『元の世界の先輩』と『この世界の先輩』の姿が重なるのを幻視した。 


 絶世の美少女と言われた先輩と絶世の美男子と言われる先輩の姿が。


「……性別が変わってなかったら先輩の方が絶対適役なのに。どうしてこうなった」

 考えれば考える程憂鬱になって溜め息がもれる。

 何が悲しくて異世界に飛ばされたかと思ったら、『男子高校生』だった俺が『女の子』になっていて、ミニスカドレスを着なければならないのか。

 俯けば地面を見るのを阻むかのように大きくなった胸が嫌でも目に入る。

「…………重い」

 あれだけ好きだった巨乳は、いざ自分が持つと肩がこるし男の視線がうざいし下着で苦労するしで、百害あって一利なしだった。

「あ~、重いだろうね。それだけ大きいと」

 先輩が同意するように何度も頷くが、すぐに「私は今解放されているけどね!」と胸を張られた。

「でも代わりに下がぶらぶ」

「言わせないですよっ」

 先輩の言葉を遮る様に叫ぶ。 

 その声と重なる様に、街の中央にある刻鐘が三度鳴った。

「げっ!」

「あ、三度目の鐘が鳴ったから公演会が始まるね」

 先輩の言葉に俺の肩が跳ねる。

 鐘の音が鳴り終わるとすぐに舞台の上からテンションの高い男の声が辺りに響き渡った。

 

――お待たせしました! これよりテトスの街の定期公演会をはじめます! 

  今日の舞台は急遽飛び入りで名乗りを上げた新人の登場ですっ。

  なんと今日が初舞台という辺境出身の彼女!

  みんなっ盛大な拍手で迎えてください!――


 司会の男の言葉に合わせて拍手が巻き起こる。

 相変わらずノリのいい人が多い街だ。

 そして司会者よ、一つ訂正させろ。


 飛び入り参加を言い出したのは先輩だ。


「ほら、依澄君。出番だよ」

「ううう……」

 鳴りやまない拍手と先輩の満面の笑みに後押しされ、俺は巨石のあちこちに立てかけられた梯子の中で一番近くのものに手をかける。

 数段登るだけで、すぐに舞台の上に辿り着くだろう。

 その僅かな間に、まるで走馬灯のように俺と先輩がこの世界に来てからの出来事が頭の中を駆け巡った。


 俺がミニスカアイドルをはじめることになった、一連の出来事が。





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