第692話 釣り人たち
朝モヤの漂う中、農村の復興に向けて協力してきたチームメンバーは互いに厳しい目つきで睨み合っていた。
手には各々が定めた長柄の獲物を持ち、タイミングを図っている。
普段の知的で穏やかな表情はどこへやら。パペリーノが挑発する。
「それにしても無謀なものですね。聖職者たる私に挑もうとは。神をも怖れぬ所業です」
キリクも負けてはいない。悪口雑言なら傭兵ぐらしの長かった冒険者の得意とするところだ。
「ふんっ!これだから青瓢箪は。本で読んだだけで自分が出来ると勘違いしてやがる。一流冒険者ってのはなあ、何事も一流にこなせるから一流なんだよ!」
そこで口を挟むのはサラ。彼女もいつになく熱くなっている。
「ちょっと!ただの力比べならキリクが勝つだろうけど、これは勝負よ!あたしの目と勘の前があれば、勝つのはあたしに決まってるじゃない!」
睨み合う連中を前に、俺は心中で頭を抱えていた。
どうしてこうなった。
◇ ◇ ◇ ◇
きっかけは、俺の不用意な発言だった。
「泳ぎはできなくとも、子供たちに釣りは教えたいな」
釣りができれば、飢えた時の最後の手段として魚を食べて食いつなぐことができる。
河の上流は怪物の住処であるし、網漁のように根こそぎにしなければ資源が枯渇することもなかろう。
それに、釣りはいい娯楽になりそうだ。
「釣りですか。いいですね」
意外なことに、食いついてきたのは聖職者のパペリーノだ。
「なんだ。パペリーノは釣りをしたことがあるのか」
「少しは。聖職者の中には趣味人も多いですからね。聖人の中には釣りに関する本を書き残した人もいるくらいです」
なるほど。スポーツフィッシングというやつか。聖職者のように時間と金と教養があることが、そうした余裕を生むのかもしれない。
「ならばパペリーノに任せるか」
俺は釣りと言っても釣り堀に行ったことぐらいしかないし、あまり詳しくはない。
知っている奴に任せるのがいい。
ところが、それに異議を唱える男がいた。
「おっと!釣りなら自分に任せて欲しいですね。自分もちょっと釣りには煩いんで」
「意外だな」
このデカい体で河の小さな魚を釣ったりするのだろうか。海釣りとかならわかるが。
「兵団の依頼で、河に出没する怪物退治することもありますんでね。そいつらをおびき寄せる餌を釣るんですよ」
このあたりでは河の怪物の話は聞かないが、僻地に行けばそういった怪物もいるらしい。
「やはり、実戦で鍛えられた技がないと役に立ちませんからな。自分が教えたほうがいいでしょうな」
この発言が良くなかった。どうも聖職者のプライドを刺激したらしい。
「ほう・・・するとキリク殿は釣りにも詳しいと」
「まあな。自信はあるぜ」
「なるほどなるほど。ときにキリク殿、釣り糸には何を用いるのが適切だと思われますか?」
「糸?そりゃあ亜麻糸だろ。縄に使うような奴を解して使えば、それで十分だろうが」
キリクの答えに、やれやれ、と頭を振ってパペリーノが嫌味たっぷりに説明した。
「キリク殿、釣りの聖人キーブリックの残した著書にはこうあります。釣り糸は聖人の教えの如く堅牢でありながらも柔軟であることが望ましい。最も釣り糸の適したのは2重もしくは3重に捻った馬の尻尾の毛である、と」
「ああん?そんなこと言うなら団長はヒポグリフの尻尾の毛の釣り糸を使ってたぜ!」
なんとなく聞いてはいけない単語を聞いた気もするが、つまらん喧嘩はやめてもらいたい。
仲裁しようとすると、先にサラが口を挟んだ。
「でもさ、女の人の髪の毛の方が釣れるってあたし聞いたよ!あたしも子供の頃は、そうして釣ってたし」
矛先が変わった。
「やれやれ。サラ殿、それは俗信ですよ。聖人キーブリックの著書にも、女の髪の毛を釣り糸とするのは信仰にもとる、とあります」
「そうだな。スケベ爺の言いそうなことだ。釣り糸がなんだろうと、結局は腕だからな」
これもいけなかった。
サラが明らかに、カチンときたときの表情を見せている。
「そうね。結局は結果よね。男なら口先じゃなくて、獲物で示さないとね!」
「ですね。大言壮語では困ります」
「ああん?」
今度はキリクのこめかみに青筋が。
そうして聞くに耐えない口論を続けようとする始末だ。
やれやれ、仕方ない。
溜息をついて仲裁する。
「言いたいことはよくわかった。説得したところで納まりがつかないようだから、釣果で勝負するものとする。明朝から昼まで、どれだけの魚を釣り上げるか。その結果で子供たちの釣り指導者を決定するものとする。
解散!」
とりあえず納まりがつくように言い渡したところ、全員がバラバラに無言で駆け出していった。
まあ、こういう下らないじゃれ合いができるのも、平和な証拠だしな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、時間は昼まで。一定以上の大きさの魚の重さを総合し勝敗を決める!釣りポイントは領地内の川沿いのみ!」
一応の簡単なレギュレーションだけを決めておく。
あまり小さな魚を釣って資源が枯渇するのも困る。
開始の合図と共に、3人は各自が思い定めたポイントに走っていった。
「代官様は、やらんのかな」
「審判だからな。いろいろと見て回るさ」
取り残されたゴルゴゴと会話しつつ、朝もやの中で小さくなっていく釣り人達の背中を見守ることにした。
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