第三十八章 領地の復興計画を支援します

第630話 領地への旅路

穏やかな日差しの田舎道を、ゴトゴトと音を立てながら荷車を引いた数台の馬車の列が行く。

一見すると街と街を往復する街間商人の列にしか見えないが、見るものが見れば小さな違和感を覚えるかもしれない。


馬車は、どれも頑丈さが取り柄の木製の4輪馬車だ。

荷車には目一杯荷物が積まれており、御者の隣と荷物の上には武装した男が油断なく周囲に目を光らせている。


街間商人は冒険者を引退した者達が就くことが多い商売だ。

なにしろ、街の外は危険が多い。街と街をつなぐ道路の安全を保証するのは己の武力のみ。

武装商人とでも呼ぶべき集団である。


その馬車の列に1台、外装の異なる馬車が1台、混じっている。

積載量と頑丈さを優先した他の馬車と異なり、全体的にほっそりとした外見をしている。

まず、車輪が細く軽くできている。優れた職人の手が入っている証拠だ。

それに、馬車を牽く馬の体格も大きく毛並みも良い。良い藁を食べ、たまには豆なども食べさせているのだろう。

専門の従卒がついて、蹄鉄の掃除や毛のブラッシングも受けているに違いない。


要するに、間違っても街間商人などと同行する性質の馬車ではない。

馬車の列と行き違う農民や冒険者達は、あの馬車にはいったいどんな貴族様が乗っているのかと、互いに噂し合った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「教会って金があるんだな」


旅が快適なのは良いが、何とも落ち着かない。


安全な移動のために教会で馬車を仕立てくれる、とミケリーノがいうので手配を任せたところ迎えに来たのは、このゴテゴテした金ぴかな馬車だった。


「すごい椅子よね。汚したら怒られないかしら」


馬車と言えば、荷車の荷台ぐらいしか経験のない俺とサラは、ビロードのクッションと綿の詰まったソファーに体を縮めながら、おっかなびっくり身を沈めている。


「見ろよ、箱の中に衣装まで用意してある。手回しのいいことで」


手持ち無沙汰に、足元の箱をあけると代官の服らしき衣装が入っていた。

馬車の手配と合わせて、ある種の詫び料らしい。


「わあ、すごい!お貴族様みたい!」


衣装を馬車の中で軽く広げてみせると、サラが華やいだ声をあげた。


貴族の服と聖職者の服を合わせたような造形は、俺が今まで買ったことのある古着よりは確かに良いものに見える。

代官の服として恥ずかしくないものを用意した、ということだろう。


目にも鮮やかな青と黒の染料の映え方、惜しみなく使われた金銀の縫い糸、要所の金や銀のボタンや装身具などを見るに、金がかかっていそうということだけはわかった。


「サラの分もあると良かったんだけどな」


「そりゃあ仕方ないわよ。だってケンジは代官様なんだから!」


サラは屈託なく言うが、綺麗な衣装は若い娘が着ればいいのであって、俺のようなオッサンを飾り立てても仕方ないではないか、という思いもある。


しばらく走ると、御者が「この先で休憩です」と合図をしてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


馬車の列を視界の開けた場所で停めると、休憩するために馬車で円陣を組む。

そうして怪物の襲撃に対し安全な宿営地を作ってから、中央で火を焚いて休むのが街間商人のやり方だ。


明るいうちに調理をしないと手元が危ないため、日が沈む前に全員分の料理をまとめて調理する。

まだ街から1日も走っていないので、馬車の水樽や素材にもだいぶ余裕がある。

とはいえ、それほど凝った料理が作られるわけでもない。何かのスープか麦粥だろう。

大鍋が用意されて小麦やニンニクが放り込まれると、旅先とはいえそれなりに良い匂いがあたりに漂ってくる。


「あーあ、普段なら兎か鳥でも捕ってくるのに」


さっき、弓を片手に宿営地の外へ出ようとして「危険な真似はダメだ」と押し戻されたサラは、弓を射る仕草をしながら残念そうに口を尖らせた。


「あの肉は美味かったな」


サラと一緒に冒険者をしていた頃は、依頼のついでに森の中でサラが弓で射た兎や鳥を焼いて食べたものだ。

泥に塗れ、命をかける荒んだ仕事も多かったが、依頼の内容は忘れても不思議と食べたものの味は憶えている。


豪雨の中、体温を保つために必死で齧った固パンの苦味、火で炙ればマシな味になるのではないかと指先を焦がしながら食べた安い干し肉の塩気、外側のカビた部分をナイフで削ったビスケット・・・。


「だめだ、ロクな思い出がないな」


思い出の味は美化されるというが、よく考えると冒険者をしていた頃よりも今の方が、いい飯を食っている。

「そうね」と、サラも珍しく賛同してくれた。


何十年も昔のことであれば記憶も誤魔化されたりもするだろうが。


適度に味付けされた汁をすすりながら、街に残した工房の連中は、きちんと飯を食えているだろうか、と、ふと気になった。

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