第602話 準備の面々

ある程度の構想がまとまったので連絡をとったところ、ニコロ司祭との接見は、数日後に設けられることとなった。

多少の事前相談していたとはいえ、多忙な枢機卿付きの司祭職との調整としては異例の早さで決定したと言ってもよい。


「ずいぶんと期待されていますね」


というのが、連絡を担当したミケリーノ助祭の言葉だった。


「期待であればいいんですがね」


曖昧に頷けば、それを遠慮ととらえたのか


「ご謙遜ですね」という答えが返ってきた。


評価されていない、とは思わないが、ニコロ司祭の期待に応えられなければ、出世できなくなるだけの聖職者と違い、こちらは教会からの全ての庇護を失う。


そうなれば、今は枢機卿の威光で沈黙している貴族や教会の他の派閥からの干渉が激しくなり、呑気に靴だけを作っているだけの暮らしはできなくなるだろう。


あくまでも教会のために役立っている、ということが前提の協力関係なのだ、という緊張感はある。

それは、純粋な聖職者であるミケリーノには理解してもらえない感覚だろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


結局、ニコロ司祭との接見は一等街区の大聖堂の一室で行われる、との通達を受けた。

それはつまり、ある種の公的な接見でもある、ということだ。


これまでの私的な会見は大聖堂脇の居住棟や2等街区の教会で行われていたわけで、大聖堂の中でも接見ともなれば数えるほどしか入ったことがない。


「いや、普通の人間はそもそも一等街区に行ったりとか、大聖堂に入ったりできねえから!」


暇そうだったので資料の準備を手伝わせていた”ピンはね男のマルティン”が、声をあげた。


「暇じゃねえ!装具の調子を見てもらってんだよ!」


ゴルゴゴが板金鎧の仕組みを応用して作った膝の装具は、まだまだ調整が不十分なので、マルティンは定期的に工房を訪れていた。もちろん、駆け出し冒険者の管理業務と借金の返済という報告業務もあるわけだが。


「まあ、一番最近の呼び出しは私設小法廷だったか?あまり名誉なことでもない」


「なんだ、そのシセツしょう・・とかは?」


聞きなれない単語の羅列に、復唱しようとしてマルティンが途中で諦める。


「簡単に言えば、略式の裁判だな。前代官の横領の罪を告発したら、逆に横領で呼び出された」


「なにぃぃ!!いや、きたねえ貴族にありそうなことだが、あんた、どうやって切り抜けたんだ?平民だろ?」


足が悪いくせに、立ち上がろうとするので、端的に結果だけ説明してやった。


「上役に告げ口して、病気で引退させてやった」


「・・・ぜってえ、病気じゃねえだろ」


「どうかな。裁判の途中で気絶してたから、病気じゃないか?」


「あんた、普通の顔してとんでもねえことするな・・・」


普通の顔は余計だ。


大騒ぎから一転して、薄気味悪そうにこちらを伺っていたマルティンが、ふと何かに気づいたかのように言葉を続けた。


「そういや、革通りの工房に村人を誘拐した悪徳商人がいる、っていうんで大勢の乞食連中を大枚はたいて雇ってた代官がいたな。俺は足が悪いから弾かれたが」


「そうか。それは幸運だったな」


「・・・そうだな、幸運だったよ」


雇われた連中がどうなったのか、などと結論のわかりきった質問をしてこないのには、好感が持てる。


「要するに、だ。今の準備は、そのおっかない教会と交渉して、いろいろと認めさせるためにやっているわけだ。だから手を抜けないし、簡単に言えば命がかかっている。だからその羊皮紙も丁寧に綴じろよ」


靴工房の職員たちは靴の製造にかかりきりなので、猫の手よりは、とマルティンに手伝わせているのだが、なにしろ仕事が雑なのだ。隙あらば手を抜こうとする魂胆が見える。

細かい事務仕事には気質的に向いていないのかもしれない。


「冗談だろ?だって、あんたはこんなデカイ工房を持ってて、剣牙の兵団とも強い縁故(コネ)があって、代官様なんだろう?冒険者ギルドにも顔が利いて、この街の冒険者であんたのことを知らねえ奴なんていねえってのに・・・」


そして現実認識が甘い。

だが、農村から出てきて普通の冒険者しかやっていなければ、こんなものなのかもしれない。


少し、いろいろと教えてやる必要がありそうだ。

資料整理を手伝わせるにしても、手抜きでページが飛んでいたりしたら堪らない。

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