第593話 足の悪い男
マルティンという元冒険者の男を、どのように扱うか。
方針には、俺の中でも少し迷いがあった。
一番手がかからないのは、情報だけ吐き出させて、あとは放り捨てることだ。
冒険者ギルドで仕事を請けることもできない元冒険者の行末は、惨めなものだ。
まして剣牙の兵団に睨まれていることは周知のことになっているから、他の冒険者達も積極的に関わろうとする者はいないだろう。
放っておけばそのうちに野垂れ死にする。
だが、この方針は取りたくなかった。
倫理的な面でもそうだし、実際的な面としては、俺の目の届かないところで、またぞろ妙な商売を始められても困る。
とはいえ、会社(うち)の中に雇い入れることができるかというと、それも微妙な話だ。
サラや2人組の子供とは明らかに相性が悪いし、雰囲気的にも馴染める気はしない。
靴の職人として育成するには年齢が行き過ぎているし、何より素直さがないので職人に向いていない。
足が悪いので、剣牙の兵団で預かってもらうこともできない。
「正直なところ、扱いかねているな」
「・・・ちっ」
正直に告げたところ、舌打ちされた。
こんなに舌打ちばかりして、舌が疲れないのだろうか。
「まあ、まずは酒を抜くところからだな。何をどうするにも、今のままではな」
「・・・うるせえな。足が痛えんだよ」
「それも、これからだ。お前、俺に借金する気はないか?」
「はあ?」
唐突な俺の提案に、元冒険者の男は口を大きく開けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教会の司祭服を着た若い聖職者が、手元の銀色の粉をつかみ何やら口の中で呟くと、男の膝の周囲がボンヤリと数秒のあいだ光った。
「どうでしょう?痛みはありますか?」
穏やかな問いかけに対し、元冒険者は呆然として素直に答えた。
「・・・痛くねえ」
「それは良かった。ただ、痛みがないだけで足が元に戻ったわけではないですから、気をつけてくださいね」
「ああ・・・いや、わかった。痛くねえ。あの忌々しい痛みがねえ・・・」
謝礼を受け取った聖職者が去っていくのを、己の膝を撫で擦りながら、マルティンは呆然と見送った。
教会の協力を取り付ける前からの冒険者は、聖職者の治療魔術を目にするとみんな、同じような反応をする。
「これで痛みの問題は解決だな。あとは、膝の補助具と杖も作らせる。それで日常生活に支障はなくなるはずだ」
俺がニコロ司祭からうけたような、数年前に固着した傷を完全に元に戻すような魔術は、術者も限られるし、とてつもなく触媒の費用がかかるらしい。
だから、この男にかけてもらった魔術は痛みを与えている部分を麻痺させるような魔術、だそうだ。
正直、そのあたりは原理を含めてよくわからない。
重要なことは、費用がある程度は抑えられて、マルティンが使い物になるようになることだ。
しばらく呆然としていたマルティンは、低い声でこちらを睨みつつ唸った。
「それで・・・俺に何をさせてえんだ」
この男の、察しのいいところは嫌いじゃない。
この種の男は倫理や論理では動かないが、利益を見通せるし契約も理解できる。
酒さえ抜ければ、任せたい仕事はある。
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