第554話 ご飯のための戦い

「どうせなら靴の図には、靴の優れた点や機能が書いてあるといいな」


冒険者のための靴は機能が優れた商品で、履けばその良さがすぐにわかる。

だが、逆に言うと履くまでは良さがわかりにくい。

高機能だが、その機能は見えにくい点にあり、宝石や飾りをチャラチャラとつけた靴と比較して、なぜそんなに高価なのか、理解されにくい部分があるのは確かだ。


そのあたりの事情は、この街の冒険者たちに限っては「あの剣牙の兵団が履いている」という一言で気にしなくて済むわけだが、街間商人に卸している他所の街では、そうもいかない。


それに、どれだけ対策していても、そろそろ偽物の靴が出回る頃だ。

せっかく築いてきた信頼を、外見が似せてあるだけで機能が足りない靴の偽物で崩されては堪らない。


「はい。それと、高級な靴なので手入れの油とかも箱に入れていますよね?油の種類とかを書いた小さな冊子を入れてあげると靴を大事にしてくれると思うのです」


靴に拘りのある職人ならではの発想である。

俺は、再びシオンを見直した。


「もう少し進んで、靴のメンテの方法や修理できる工房の情報などがあってもいいかもな」


ある種の取扱説明書であり、保証書のような位置づけとして、既存の靴販売に組み込むわけだ。

現在、靴工場の方ではスパイ騒動で一度は頓挫した外部への靴修理委託を、再始動させようとしている。

それくらい、増産のための人手が足りないのだ。

靴を修理するための適切な連絡先を羊皮紙に書いておけば、全てが一旦、会社(うち)に持ち込まれる事態を避けられるだろう。


「そろそろ、修理については、他所の街に提携工房があってもいいかもな」


冒険者の靴は、修理に手間がかかる。靴としては革鎧なみに部品点数が多いのもそうだし、他の靴にはない様々な機能があるので、腕の足りない靴職人が靴を修理すると機能が死んでしまうことがある。

靴というのは頑丈なわりに履き心地には繊細さが要求される。

足に合わない冒険者の靴を履いていたために命を落とした、ということでは困る。


だから基本的には、自己責任で修理をしてもらうか、買い替えをお願いしてきたわけだ。

剣牙の兵団のような一流クランになれば、お抱えの革工房があるのが普通なので、そのレベルの職人であれば修理をこなすだけの技術レベルがある。


だが、冒険者の靴の増産で、それより下位の冒険者にも行き渡りつつある現在、メンテナンスは自己責任で、とばかりは言っていられない。


シオンの意見を聞くまで、印刷業は、どちらかと言えば為政者のための政治的な課題解決の道具のように見えていたのだが、もっと身近な自分の事業にも大きく影響してくる話だったというわけだ。


それも、数年先という単位で必須になりそうな予感がする。


教会の権威で社会の仕組みがどうだ、とか、ジルボアの名声で権力構造がどうだ、などという抽象的な影響でなく、印刷業が行き渡らなければ目の前の仕事が増えすぎて忙しくなり、睡眠時間が足りなくなる。


「これは、本腰を入れてニコロ司祭を説得しないとな・・・」


身に迫った具体的な事象が感じられないと本心からの本気が出せないあたり、どうも自分は形而下で生きる平民の気質が抜けないらしい。


世界の理想や思想の戦いは社会の上の人達に任せて、下々の者としては普段の仕事が楽になって、皆でご飯が沢山食べられる未来を目指し、頭を使っていくことにする。

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