第539話 学の差

「残念だが、午後の専門家との相談には使えないな。影響が大きすぎる」


「私も、そう思います」


ゴルゴゴの作った印刷物の扱いについて新人官吏も交えて相談した結果、そういうことになった。


「でもすごく綺麗な絵よね。事務所に飾れないかしら。額をつけたら貴族様とか商家の家みたいじゃない?」


貴族や大商人、それに教会では後援している有名画家に絵を描かせることが、ある種の社会的地位(ステータス)を示すものである。

描かれるテーマは一族の肖像がであったり、神書の有名な場面であったりもする。

大きな絵を描くとなると数年単位時間がかかるものであり、価格もそれに応じたものとなる。


それ程でもない下級貴族や商家であっても、小さな絵を飾る習慣がある。

絵画工房の駆け出しなどが制作したものを購入し、価格が上がったり身代が大きくなると大きな絵に買い換える。

また、駆け出しの絵描きが大成すると、初期の作品の家格が跳ね上がるため、ある種の資産投資の側面もある。


サラが言ったように、もし優れた画家の絵を安価に大量に印刷することができるようになれば、その習慣も大きく変わるだろう。


庶民の家にも、絵を飾るという習慣ができるかもしれない。


「ただ、人喰巨人(オーガ)の解剖図を飾りたくはないな」


蝋燭や暖炉の灯りで夜中に眺める絵としては、少しばかり前衛的な趣味に過ぎる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


昼食をとり、午後になると数人の専門家達がやって来た。

先日の議論の後も、ぜひ事業について議論を交わしたいという高い意欲を持った職人達だ。


「わざわざ来ていただいてすみません」


拡張したとは言え、工房の隅っこに迎えることに恐縮すると


「なあに、職人の職場ってのは、こういうもんですよ!」


「面談のときで慣れてますから!」


「それに代官様は、職人のことがわかってらっしゃるってことです!」


職人達は口々に気にしない旨の意見を表明する。


職人達に事業の依頼をするのは、大体が農政にしか興味がない貴族や、法律や神学に明るくても実務には疎い聖職者が多く、工学的な仕事に対する理解が薄いらしい。


「だから、我々の仕事は大体が、お貴族様はわかってねえなあ、と文句を言いながらやることになるんですがね、今回の仕事は違う!もう、構想から手順から体制から、全部違う!見たことも聞いたこともないやり方の連続で、本当に楽しみなんでさあ!」


上気した顔で興奮して捲し立てる職人には、新しい事柄に触れた人間に特有のせっかちで前のめりの姿勢がある。

彼らの期待に応えるだけの仕事を提示し続けられるか。

依頼主としての器量が求められる。


「それで皆さんに相談したいのはですね、全員の心を一つにするための方法についてなんです」


職人達に、午前中の議論の成果も含めて、いかに事業に参加する者たちの理念(ビジョン)を統一するか、そのためにどんな手段を取ったらいいか、という点について、一通り考えていることを説明した。


「うーん・・・代官様は学がおありになるから、それでいいのかも知れませんが、ちょっとうちの職人には無理じゃないですかねえ・・・」


「うちのところの奴等も、若いのはあんまり学がねえしなあ・・・」


ところが、返ってきたのは職人達の気乗りのしない反応だった。

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