第508話 倉庫と規格化
「だんだんと、代官様が今回の説明会を開いた意味が理解できてきた気がします」
倉庫をめぐる議論が製粉業全体に影響を与える様子を見て、クラウディオが言う。
「倉庫に小麦をどのような単位で運び込み、保管するということは、水車の製粉能力をどの程度に設定するべきか、ということにも影響してくるのですね。先程の車輪のついた箱の大きさも、教会で使用する小麦袋の大きさの等倍である必要がありますね」
クラウディオの認識は正しい。
企業改革の場合は現場を見ろという言い方をされるが、製造業や流通業の場合は倉庫を見るのが良い。
社内の仕組みがうまく働いている企業は倉庫が整理されているが、うまくいっていない企業は倉庫が荒れている。
急成長中の企業は倉庫が荒れていることもあるが、一時的なものであることが多い。逆に、一時的にできない企業は調子を落として業績を落としていく。
「専門家の仕事は独立しているとしても、事業はプロセスであり、流れです。どのような仕事が存在するかを互いに知ることで、仕事がやりやすくなります」
小声でクラウディオに頷いてみせる。
本来なら金属製のコンテナのような共通規格を作りたいところだ。
「コンテナ、箱、パケットなどと言い変えてもいいですが、要するに舟の積み下ろし、倉庫の保管、製粉所からの輸送の全てに共通サイズの箱。そういった規格ができれば、互いに設計がしやすくなるのではないですか?」
望み薄とは思いつつも、専門家達に提案してみる。
規格を定める意味について、俺と一緒に仕事をして長いクラウディオなどは理解できてきたようだが、当然のように今日会ったばかりの専門家達の反応は鈍い。
「具体的には、どんな影響があるんでしょうか?」
自分には関係ないと思うからか、測量士のバンドルフィが尋ねてきた。
他の専門家は自分の領域が侵される危険を感じているのか、だまって聞き入る様子を見せる。
だが、規格化は全ての領域や全員に関係してくる話なのだ。
それは、この測量士にも理解してもらわなければならない。
「そうですね。例えば倉庫までの平坦な道。これは2本引かれることになりますし、幅も決まります」
「なぜですか?1本の道があれば充分ではないですか!」
ギョッとしたようにバンドルフィが反応する。
「いいえ。2本必要です。1本が艀から倉庫へ向かう道。もう1本は倉庫から艀へ向かう道です」
「それは・・・兼用ではダメなのですか?」
「駄目です。効率が落ちます」
荷物を積んでやってきた舟は、空荷で帰ったりはしない。
小麦を積んでやってきた舟は、小麦粉を積んで帰ることになる。
舟は泊まっていては金にならないから、できるだけ急いで帰りたい。
舟がやってきた際に道の流れが1本しかないと、渋滞が発生して大変なことになる。
導線を一方通行にすることで道の譲り合いをなくし、荷揚げと荷降ろしの効率をあげるわけだ。
「道の幅も、箱と車輪に合わせてもらいます」
道を2本にすることで費用がかかるというのであれば、最悪、車輪の部分が平坦なだけでもいい。
これを敷衍していくと線路という発想になるのだろうが、鋼鉄が安価に供給されるほど、この世界の製鉄事業は発達していない。
「つまり、測量をする際には、そういった条件も考えていただきたいわけです。似たことは、どの専門家の領域でも起こります」
そうやって質疑を締めると、少しばかり恥じ入るような表情をバンドルフィは見せた。
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