第480話 共有の組織文化

商人の目から見ると、ノウハウの開示は商売を売り渡すことだという。

たしかに、そう見えるかもしれない。


「サラは、どう思う?」


「あたし?うーん・・・冒険者もわりと人に教えたがらないわよね。あとは、教えてもどうしようもない技術ってのはあるかも。あたしの弓だって、本当に小さいときから畑の作物を食べようとする鳥を何年も射て鍛えた技だから、教えてくれって言われても困るのよね」


俺も一緒に冒険していた頃、その場面を見たことがある。

当時のサラは「鳥を100羽射ればいいのよ」としか言わない、ダメな教師だった記憶がある。


「だけど、戦い方が有名で訓練してる剣牙の兵団が強くて大きくなってるし、人に教えてばっかりで損するはずのケンジの工房も大きくなってるし、最近は教えた方がうまくいくのかな、って思うかな」


自分の感覚としては人にノウハウを教えると損をするはずなのだが、事実として戦い方を教える剣牙の兵団や靴の作り方を教える工房も大きくなっている。

だから、自分の感覚よりも目の前の事実を信じる、という。

このあたりの現実感覚は、冒険者特有のものだろう。

事実を受け容れられない人間は、長生きできないからだ。


「教会については、教会内では秘密は比較的少ないように思います。例えば、私が書いた文書は全て教会の文書管理の部門に送られておりますし、一定の地位があれば閲覧は可能です」


教会の外に対しては秘密主義な部分の多い教会組織だが、教会の中では強力に情報の集約が行われている、ということだろう。

官僚のような命令に文書を必要とする組織構造も、知識の集約に役立つ組織文化を育むことに寄与してきたのかもしれない。


「要するに、組織に知識共有のためのルールがあるということだな」


クラウディオが知識を共有したいと言い出すのも、それだけの背景があった、ということか。


「今回の測量士や水車の技術者達も教会の方から派遣されていのだろう?同じような教えを受けたのではないか?」


領地開発の専門家たちは教会に斡旋を依頼したからか、全員が聖職者の服を着てやって来た。

教会内で専門の教育を受けたのだとばかり思っていたが。


「それは、少し違うのです」


クラウディオが説明不足を恥じるように、続ける。


「彼らの身分は教会で保証しています。というのは、教会に所属していないと専門家たちは他の国や領地に派遣できないのです。平民ですから軽んじられるということもありますし、特定の貴族に仕えていると看做されると、派遣先が制限されたり、嫌がらせを受けたりもするのです。中には無理矢理に監禁してノウハウを独占しようという考えなしの者も出たりするのです」


「それは・・・考えなしだな」


専門家を監禁したりすれば、その貴族の領地の開発に雇われる専門家がいなくなる。

それに野外で仕事する機会の多い測量や水車などの技術者を監禁したところで、逃げ出す機会は幾らでもある。

あとに残るのは貴族社会で地に落ちた評判と、専門家の寄り付かない遅れた領地だ。


「何度かそういうことが続いたので、測量士や技術者達は教会で身分を保護しています。彼らが聖職者の衣服を身につけているのは、そういうことなのです」


確かに、言われてみれば聖職者の服が似合っていない面々だった。

現場監督のクレイグなどは、衣装に着られているという表現がぴったりはまる。


とは言え、教会の組織文化と専門家を保護してきた歴史を知ることができたのは、良いニュースだ。

現行の制度や文化の延長線上に、今の構想を当てはめたい。

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