第295話 変な人は話す
大きな吹き抜けの空間の一面には、男爵が財力に任せて集めたらしい動植物のサンプルらしきものが、所狭しと立てかけられており、反対側にはそれらを書き写したらしい精密な素描が多数、置かれている。
元の世界のカンバスのように、木の枠組みに何かの布を張って描かれているようだ。
「何となく、冒険者ギルドの倉庫っぽいね」
とサラが小さな声で俺の耳元で囁く。
確かに、アトリエというよりは博物館の倉庫のような趣がある。
何しろ、人の背丈程もある何かの鳥の風切り羽や、人の手の平程もある何かの鉤爪、虹色の輝きを持つ小さな動物の毛皮、人の足と同じぐらいの長さがある何かの昆虫のような足、等々・・・、とにかく、変わった怪物の素材らしきものが並んでいるのだ。
俺も5年間は冒険者をやっていたので怪物の素材も集めてきたが、ここにある素材の1割も出自がわからない。
すると、俺達の気配を感じたのか、それまで箱を覗き込んでいた男爵がピクリ、と肩を動かし上目遣いで、こちらを見てきた。
「アンヌよ、この者達は?」
「男爵様、前にお話しました冒険者ギルドの倉庫を整理した者たちでございますよ」
「おお、あれか!なるほど、あれはなかなか良い手腕であった。お陰で素材を探すのが楽になったと聞いておる」
会話から想像すると、冒険者ギルドの素材管理倉庫を整理したことで、男爵様コレクションの収集に貢献したことが評価されたようだ。
確かに、ゴミ箱となっていた、あの倉庫で探すのはしんどかったろう。
「して、名前は?」
「はっ。ケンジと申します」
「ケンジは、最近、街で話題の枢機卿様の靴を製造する工房の、工房主ですの」
と、アンヌが俺の挨拶をフォローしてくれる。
だが、男爵はあまり靴に関心はないようだった。
「ふむ。それで、何用であったかな?」
「男爵様、ケンジは男爵様の絵を拝見したい、ということで参りましたの」
「絵を!なるほど、それならそうと早く言わぬか。うむうむ。やはり南の山脈の果ての火山に済むという巨大鳥の羽根の素描が良いか?それとも東の人跡未踏の奥地の洞窟に潜む蟲達から切り取られたという、前脚が見たいか?」
そう言いつつ、せかせかと歩きまわっては現物を手にとってみせ、それを写し取ったカンバスを見せようとしてくれる。
俺は、その栄誉に預かりつつ、気がついた。
この男爵様は、画家なんかではない、と。
「男爵様、こちらの素描は随分と精密でございますね」
俺が明らかな関心を持って言ったのがわかったのか、男爵様の目の色と声の調子が変わる。
「わかるかね。このペンもインクも、特別に作らせたものだからね。やはり自然のものをあるがままに写しとるには、細かく忠実でなければならないからね。見たまへ、この巨大な羽毛はよくできておってな、羽毛が樹の枝のようにわかれ、その分かれた先も同じように分かれ、さらにまた同じようにわかれておるのだ。全く、芸術的なことだと思わんかね!」
そして、自然界の中に顕れる繰り返し構造であるフラクタルについても気がついてる。
これでは、理解されない人達から変人扱いされるはずだ。
この男爵様は、芸術家ではない。学者だ。
それも、現在では学問分野としては消えてしまった、博物学者だ。
博物学は、自然科学の全てを研究しようと言う、壮大な学問体系である。動物、植物、昆虫などを集めて分類する、分類学的な性質も持っている。
この世界で、どういった学問が発達しつつあるのかは知らないが、怪物の素材を集めて分類する、怪物界の博物学の芽生えが、ここにあるのだ。
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