第264話 納期の時間

いろいろ考えたが、すぐに生産量を増やすことはできない。

生産量を増やすために品質を落としては、本末転倒だ。

そうであれば、増産以外の手段が必要になる。


「増産が追いつかないなら、引き延ばすしかないな。毎月、生産量は増えるわけだから時間を稼ぐしかない」


俺が案をあげると、サラが疑問をはさんだ。


「でも、後ろに回される人たちは不満に思うでしょう?」


「だから期間を待ってくれる街間商人は価格を優遇する。具体的には、順番があとになればなるほど安くする」


納期を待ってもらえるなら、安くする。元の世界では実際に行われていたことだ。

どちらにしろ、靴を増産すれば市場への供給が増えて靴の価格は安くなるのだ。

こちらで価格の低下を見込んで取引を成立させてしまって構わないわけだ。


「それで安くなるなら、納得してくれる人もいるかもね」


「それに守護の靴は聖職者向けの高級品になった開拓者の靴よりも納品に手間がかからない。サイズの種類も少ない。生産量は、今よりも増えるはずさ」


「そうね」


そう頷いてから、サラが気がついて付け加えた。


「でも、この街のお金持ち向けの開拓者の靴も作らないとダメでしょ?アンヌさん、きっと張り切って注文取ってるわよ」


「ああ。だがそこは高級品だから、大量に作る必要はない。むしろアンヌのことだから、生産数を絞って、価格を吊り上げるだろうさ」


「・・・なんとなく、想像つくわね、その様子」


俺が描いた想像図に、サラは同意した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その日から、聖職者向けの靴の生産状況のチェック作業に追加して、増産のための土地購入、新規職人の採用、靴の修理を委託する靴工房の手配などで、目の回る忙しさになった。

サラが工場の管理業務を引き受けてくれなければ、冗談抜きで倒れてしまっていたに違いない。


「不思議だ。仕事をすればするほど仕事が増える」


俺は事務所の机に山積みにされた羊皮紙を睡眠不足でドロンとした目で見ながら、呟いた。


隣に工房を購入する手続きは教会に委託するとしても、その建物をすぐに工房として活用できるわけではない。

職人が作業し、納品しやすいように作業導線を設計しなければ、広い工房はかえって生産性を落とすことになる。

既存の建物を改装し、2軒の工房の間の壁をぶち抜き、強度が下がらないよう柱を立てる。そのための設計を依頼し、監修し、注文をつける。また、購入した工房から不要な設備や家具を運び出して清掃するための人員を手配する、工房を売却した職人一家が市民権を失わないよう代わりの住居を用意する・・・そういった仕事の全てが、一斉に俺に降りかかってきているのだ。


「なんか、会社を作った頃を思い出すわね」


サラがお茶を淹れてくれながら言う。


たしか、あの頃は試作品の靴とジルボアの保証だけを頼りに、ゴルゴゴの工房へと転がり込んだのだったか。

ほんの1年ほど前のことなのに、ずいぶんと前のことな気がする。


あの頃と比べれば、今は大勢の仲間がいる。顧客がいる。資金があり、縁故(コネ)があり、実績がある。

そう思えば、この程度のことはなんとも無い、と言いたいところだが、この山積みの書類を片付ける仲間が、どこからか現れてくれないものか、と思わずにはいられなかった。

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