第228話 目に見えない魔術

「ケンジ、魔術を受けたことはあるか?」


とジルボアは聞いてきた。


「魔術の治療を受けたことはある。ゴブリンの呪い師みたいな連中が飛ばして来た火弾を見たことはあるが、食らったことはない」


俺ぐらいの中堅冒険者が依頼で相手にしていたような怪物は魔術を使うものは殆どいなかったし、仮にいたとしても群れに1匹だけがいいところだ。

そういった場合はサラの弓矢などで先制して倒してしまうことで、魔術を受けないように作戦を立ててもいた。

魔術による治療は高くつくから、滅多なことでは受けれらない。


結果として、俺の魔術経験は、お寒い限り、ということだ。

もっとも、俺を含む駆け出しから中堅までの冒険者というのは、そういうものだ。


ジルボアは頷いた。


「そういった火や岩のような見える魔術なら、大して怖くない。火矢や石礫(つぶて)と同じだからな。

魔術で撃ち出されようと、弓や投石紐(スリング)で撃ち出されようと、質としては同じだ。

盾で受けるか、剣で切り落とすか、してしまえばいい。」


いや、飛んでくる炎を剣で切り落とせるのは、お前ぐらいだろう、と思いつつも、俺は同意して頷いた。


「だが、その大貴族様お抱えの魔術師は違った。夜とは言え、大勢の団員が詰めた兵団の事務所に、何の誰何(すいか)も受けずにスルスルと入り込み、毒のついた短剣で寝ている私を暗殺しようとしたのさ」


俺は目を大きく見開いて驚いた。剣牙の兵団事務所に単独で入り込み、なおかつ団長を暗殺しようと試みるなど、信じられない。


「もっとも、そいつの短剣術の腕はお粗末なものだったし、殺気もダダ漏れだったから気配を頼りに抜き打ちに切り付けてやったら、片腕を置いて逃げ帰ったがね」


と、何でもないことのように言う。


なんだよ、気配を頼りに斬りつけるって。


そんな俺の困惑には取り合わず、ジルボアは続けた。


「後で調べてみると、見張りに立っていた者は見張りの当番が別の日だと思い込んでいたし、通路で魔術師を見たはずの者も、見ていないと言うんだ。


そいつが使ったのは、自分の姿を目に見えなくしたり、他人の思い込みを強くしたりする魔術だったようだ。

私もよくわからないが、調査を依頼した魔術師によれば、どうも二つの魔術は同じ種類のものだ、ということらしい」


他人の精神、あるいは認知力に働きかける魔術か、と俺は見当をつける。

他人に見えなくなるのでなく、見えているのに気がつかないようにしたり、他人の考えを自然な方向に誤って思い込ませる魔術だ。


「そういう精神に影響を及ぼす魔術は禁忌に近い魔術らしくてね。調査にあたった魔術師も憤慨していたよ。まあ、その怒りが禁忌の魔術を使用したことへの怒りなのか、その秘密を洩らした迂闊者に対する怒りなのか、まではわからなかったがね」


ジルボアの時は、暗殺が目的だったから相手も危険を冒して近寄らざるを得なかった。例の若様の注文で、直接殺せ、とでも言われていたのだろう。


だが、単に開拓者の靴の納入を妨害するだけなら、精神を操るだけでやれることは幾らでもある。俺やサラを直接狙わなくとも、職人を操って会社に打撃を与えることなど、精神を操る魔術を使えば雑作もないことだろう。


「精神を操る魔術への対策か・・・」


正直、どうすればいいのか想像もつかない。

魔術など、全くの門外漢だ。


「それに、他の工房からのやっかみや妨害も考えらえる。他人の嫉妬というやつは、なかなか馬鹿にできないぞ」


そうジルボアが冗談めかして忠告してきたのには


「もう十分に洗礼は受けてるよ」


と苦笑いしつつ、ため息をついて答えた。

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