第226話 見えざる敵

この世界において魔術とは、極めて限定された人間だけが使える技術である。


まず、魔術に関する知識を入手することが難しい。

一般人が魔術を習得しようと思ったら、村や町に隠棲している魔術師を探し出し、高額の謝礼を払って教えを請わなければならない。

修行は幼いうちから始める必要があり、大人になってからでは効率が大きく落ちる。

ただ、そこで教わることができるのは、初歩的な火弾や石弾を飛ばすような、ごく簡単な魔術だけである。

それ以上の複雑な魔術を習得するには、王都や大領地に存在する魔術師ギルドに加入して研鑽を積まなければならない、らしい。


俺も5年間程は冒険者をやっていたので、魔術が使える、という奴らと少しは接点があったが、ほとんど全員が初歩的な魔術しか使えなかった。そもそも、高度な魔術を使うことができるほどに学があり、裕福であれば冒険者になどならないのだから、それが当たり前だろう。


それに、魔術の使用には触媒が必要で、やたらと金がかかる。

初歩的な魔術の行使でも銅貨1枚程度はかかるのだから、高度な魔術の使用に必要な触媒の価格は天井知らずだ。それに火弾を飛ばすぐらいなら、長弓で一撃した方が威力もあるし、射程も長い。なにより費用が安く済む。駆け出しから中堅の貧乏冒険者には、魔術とは縁のない話なのだ。


ところがそれも、剣牙の兵団のような一流冒険者や、大貴族ともなれば話は違ってくる。

魔術は使用方法によっては極めて強力な効果を発揮する、らしい。

盾に祝福の魔術をかければ強力な怪物の一撃を跳ね返し、空を飛ぶ怪物に強力な風の魔術を投げかければ飛行バランスを崩させて地面に落とすこともできる、らしい。


「らしい、らしいって、何だか頼りない話ね!」


というのが、俺が知る限りの魔術事情を語って聞かせた、サラの反応だった。


「仕方ないだろ、俺だって魔術なんて全く使えないんだから」


そう言って、護衛のキリクを振り返る。


「お前は、何か知ってるか」


だが、帰って来たのは「俺も同じぐらいしか知りません」という頼りがいのない返事だけだった。

魔術を使う相手だとしても、いずれにせよ、会社の靴工房の警備体制を、もう一度見直さなければならない。


俺達は、教会から帰るその足で剣牙の兵団の事務所へと向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「相変わらずトラブルを巻き起こしてるな、ケンジ。それにしても、今度の相手は余所の街の大貴族に、魔術使いか。厄介だな」


警備に関する相談に来た俺の話を聞いたジルボアは、珍しく顔をしかめて考え込んだ。


「あんたでも、厄介な敵はいるのか」


俺がそう尋ねると、ジルボアは苦笑して答えた。


「私をいったい何だと思っているんだ。敵はいつでも厄介だよ。敵が、剣を振るって倒すことができない、見えない相手であれば、なおさらだ。今回の敵についても、見える脅威よりも、見えない脅威に気を付ける必要があるだろうな」


「見えない脅威?」


俺はジルボアの指摘を、馬鹿のように繰り返した。


「ああ、敵は前からだけ来るわけでもないし、外からだけ来るわけでもない」


ジルボアの話は、何とも気分の乗らない、後ろ暗く嫌な話になりそうだった。

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