第219話 溺れる者は
数日後、ニコロ司祭に呼び出されて1等街区の大聖堂に行くと、ミケリーノ助祭と、名前のわからない数人の助祭らしき人物が部屋に待ち受けていた。
ミケリーノ助祭は数日前に見た時よりも遥かに顔色が良くなっており、若々しい相貌を取り戻していた。
身分的に低いこちらから、挨拶をする。
「ニコロ司祭様、お手数をおかけしております。ミケリーノ様、お加減がよろしくなられたようで何よりです」
ニコロ司祭は、いつものように表情を変えることなく、近くの椅子を示した。
「座るがいい。お前の案は、ちと劇薬だったな。えらい目にあった」
ニコロ司祭が愚痴めいたことを言うのを聞くのは初めてだったので、驚いて聞いた。
「それほどでしたか」
「それほどであったな」
とニコロ司祭が面白くもなさそうに言う。
ミケリーノ助祭が、発言を補うように続ける。
「教会の印を管理する部門を発足させる発表をしましてから、非常に多くの方が面会を希望されまして。この街の大司教様から教会の司祭様まで派閥を問わず、連日、執務室の前に押し寄せる有様でして・・・。折角の機会であるからと、いろいろと交渉事を持ちかけてはいたのですが、さすがに数が多すぎて、それどころではなくなってしまいました。ここ数日は大河の中で溺れる心地でありましたよ」
「なるほど。今は、水が引いているのですね」
そう慰めようとしたのだが
「いえ、中州にうちあげられて一息ついているだけですね。周囲は水が満ち満ちたままですよ」
と、返されてしまった。
「それで?この混乱を収拾する考えがあっての面会申請なのであろう?勿体ぶらずに早く言え」
とニコロ司祭が相変わらず気の短いところを見せる。
「おそれいります。まず短期的なところからですが、開拓者の靴の購入を希望する全ての方に、間違いなく全数を販売する旨をお知らせいただきたく思います。そして、購入の順番を刻印した予約票を前金と引き換えに発行するのです」
だが、俺の考えに対してニコロ司祭は疑問を述べた。
「ふむ。そういう商売の仕方があるとは知っておる。だが、それだけで、この混乱が治まるものか。司祭達は、今度は順番を繰り上げろ、と詰め寄って来るに違いなかろう」
俺は頷く。そこまでは想定通りだからだ。
「さようでございます。ですから、予約票の交換、実質は売買になると思いますが、それはニコロ司祭様傘下の方が立ち合いの上であれば、許可をするのです。こうすることで、順番を繰り上げるよう求める圧力を、全てがニコロ様に向いている構図から、司祭様達同士へと向けることができます。その交渉事をニコロ様傘下の方が裁定することで、一定の影響力を残すこともできます」
つまり、許可をするニコロ司祭と許可を求める教会の聖職者が争っている構図を、ニコロ司祭達が聖職者同士の争いの審判を務める構図へと変えるのだ。
それにより教会の司祭達からの圧力も躱(かわ)せるし、審判として手心を加えて一方に恩を売ることもできる。
「なるほど、うまい手ですね!」
などとミケリーノ助祭は、思わず声がでてしまっている。
ニコロ司祭も、これには納得したようで指示をする。
「ふむ。確かに悪くない。ミケリーノ、そのように手配しなさい」
「はい!早速に手配いたします」
そう答えると、ミケリーノ助祭は傍らに控える聖職者と何やら打ち合わせを始めた。
「それで、説明会とやらについても何か考えがあろう?」
ニコロ司祭の眼は、再び鋭くこちらを見据えてきた。
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