第198話 ミケリーノ助祭
案内してくれた聖職者に従ってドアを開けると、ミケリーノ助祭は、以前、ニコロ司祭を訪問したときと同じ部屋に座り、ニコロ司祭と同じように机で書き物をしていた。
ドアが開く音に気がついたようで、視線を合わせる。
以前はこちらが教える立場だったが、今は請願する立場である。
こちらからへりくだって挨拶をする。
「お久しぶりでございます、ミケリーノ様」
「ケンジさん、お久しぶりです。あなたに丁寧にへりくだられると、なんだか気持ちが落ち着きませんね」
と机の書き物の手を止めて、ミケリーノ助祭は笑顔で挨拶を返して来た。
「ますます、ご活躍なさっていると聞いております」
「ふふ、嫌だなあ。今は何でも屋みたいなものですよ。あっちの部署、こっちの部署をたらい回しで、いろいろとやらされています」
ミケリーノ助祭は謙遜するが、俺の言ったことはお世辞ではない。
いろいろな部署をたらい回しにされるというのは、上層部がミケリーノ助祭に様々な経験を積ませようとしているのだろう。便利に使われている、というのは能力を評価されて仕事が集中しているのだろう。どこの組織でも、仕事はできる人間に集まるものだ。
ミケリーノ助祭は、教会の中で出世するだろう。
ニコロ司祭が、自分の後釜として目をかけているのかもしれない。
「ところで、今日は何の御用でしたか?」
と問われたので、サラに合図して布で丁寧に包装された木箱からゴルゴゴが作成した、開拓事業者向けの試作品の靴を取り出して見せる。
開拓事業者向けの靴は、血や泥の汚れが目立たないよう黒を基調とした守護の靴と異なり、薄い茶色(キャメル)で、やや柔らかな印象を抱かせる造りになっている。守護の靴と差別化をするため、踝(くるぶし)までを覆う高さに短くしてあり、靴紐を通す穴の数も少し少ないので、より軽くスマートな印象に仕上げてある。
「ほほう。頂いている守護の靴も重宝していますが、より優美な感じになっていますね。ああ、この靴ですがいろいろと重宝していますよ。これまでの木靴は、まるで箱を履いているようなものでしたからね。夕方になるとつま先と踵が痛くてたまらなかったのですが、この靴はとても履き心地がいいですね。そういえば、靴の手入れ品などもあるとあり難いのですが。泥を落としても、最初のようにはなかなか戻らなくて・・・」
「これは気がつきませんでした。手入れ用の道具と油を、早速お持ちさせていただきます。それと靴に不具合がありましたら、いつでもお呼びつけ下さい」
手入れ道具と油の手配については、こちらのミスだ。守護の靴は、まだまだ高級品なのだから、メンテナンスをするために道具や油を既存の顧客に配布した方がよいだろう。もちろん、有料で。
それに、有力者へ訪問するための口実にもなる。
大手貴族では対応するための専門人員がいるだろうが、守護の靴を購入する人間は、そのまま使用者であることが多い。訪問することで、様々な情報や商機が生まれることだろう。
「ミケリーノ様、こちらの新しい靴を試していただけませんか?」
そう持ちかけると、ミケリーノ助祭は新しい靴に興味津々だったようで
「おや、いいのですか?それはあり難いですね」
などと言いながら、そそくさと試作品の靴を履いた。
なるほど靴ベラも要るな。などと思いつつ眺めやれば、靴を履き終えた助祭は室内をグルグルと歩き出した。
「ほほう!これは軽い!だが、少し頼りないということはありませんか?」
想定されていた質問なので、少し説明を加える。
「はい。冒険者の靴は怪物の牙や爪を防げるよう硬い皮を使用しておりますが、助祭様達の靴には、足の裏とつま先のみに硬い皮をつかい、それ以外の部分は柔らかく軽い革を使っております。細かく言うとオイルで煮込む工程などもちがうのですが・・・」
「なるほど。いろいろと工夫されているようですね。ふむ、これはいいですね」
ミケリーノ助祭は、満足げにしばらく室内を歩き回った後、椅子に座った。
「ありがとうございます。こちらの靴を、ニコロ司祭様を通じて教会の方に提案させていただこうと考えております。いかがでしょうか?」
「はい。これなら問題はないでしょう」
ミケリーノ助祭に認めてもらえば、とりあえずは安心だろう。
これで開拓事業者向けの靴を教会にの運用する件は、ほぼ決定だろう。
問題は、枢機卿に履いてもらうという件だ。
「ところで、もう一つご相談があるのですが・・・」
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