第195話 実績と信用

襲撃犯の残りの6人も、結局ガロンのところに逃がした。


どうせ金は持っていないので身代金は払えない。

身元保証人がいないので貴重品を扱う場所で働かせることもできない。

粗暴な連中なので、人に紹介もできない。


邪魔であればガロンに消されるだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


1週間後、剣牙の兵団の事務所前には、街間商人の代表が20数人ほど集まっていた。

各商人からは代表1名だけが来るよう言っていたので、人数はそのまま街間商人の数となる。

思っていたよりも多い。


「ガロンという男はいるか!」


そう呼びかけたところ、男達は顔を合わせていたが、中の1人が応えた。


「ガロンなら、先日、街から出て行ったよ」


「そうか」


どうやら責任を取って取引を行うよりも、逃げることを選んだようだ。

そういう男とは取引はできないので構わない。


ただ、あの襲撃犯の連中は消されてしまっただろうな、という思いがよぎった。


頭を切り替えて、街間商人達に大声で話しかける。


「これから守護の靴取引について説明する!」


街間商人達は、冒険者あがりの一癖も二癖もある連中だ。舐められるわけにはいかない。


「守護の靴の取引には、この割符を用いる。割符には番号があり、番号の若い順に靴を引き渡す。1枚で100足の取引を保証する!」


そう言って金属で作った宝飾品を示す。


「今回は1000足の取引を行う。つまり100足づつの取引の権利10件の競売を順に行う。最低価格は守護の靴1足につき大銅貨5枚からだ。ここまでで何か疑問はあるか?」


頬に傷のある大柄な男が、手をあげて聞く。


「100足で10件ってことは、俺が1000足買い占めても構わねえのかい?」


「いい質問だ」


俺は男に応えて、周囲を見回す。


「今回は1人100足のみとさせてもらいたい。多くの商人に取引の機会を持たせたいからだ。また、靴を買い占めた特定の商人が守護の靴の値段を不当に吊り上げることを防ぎたい。その点は理解してもらいたい」


そう言うと、多くの街間商人達は頷いた。彼らからすると、この街を拠点にしながら、これまで取り扱うことのできなかった金の卵なのだ。文句のあろうはずはない。

だが、どこにでも例外はいる。欲の皮が突っ張っているのか、とりあえず主張して相手の妥協を引き出そうという交渉の技術なのか、不満を漏らして見せるのだ。


「だがよう、100足ぽっちじゃ大した利益にならねえ。あんたんとこでは、随分と大量に守護の靴を扱ってるそうじゃねえか。もっと多く仕入れてえんだがよ!その方が、あんたらも楽だろう?」


だが、そう言った要望も想定のうちだ。俺は頷くと、説明を続ける。


「100足以上を取り扱いたい、という要望は最もだ。だが、我々からすると、諸君のうち誰に任せると最も確実、迅速に輸送を任せられる商人であるのか判別がつかないことも理解してもらいたい。そこで諸君の実績に応じて取り扱い枠を拡げようと考えている。今回は全員が横一線で100足だが、次回は取引を無事に問題なく終えた者は200足まで引き上げる。実績を積み重ねれば、それ以上に枠を引き上げる。そうして信用を積み重ねてもらいたい」


要するに、信頼を取引実績で判断する仕組みを導入するわけである。

大声の自慢や、大勢の武装した部下、立派な馬車。そういった元冒険者なりに信頼度をあげるための外面は評価しない。

一度の取引枠を小さく分割し、実績をコツコツとあげられる商人との取引枠を育てて主要な取引先としていく、というリスク分散と相手先評価の組み合わせで、真面目に流通を担う街間商人を育成するのである。


「ただし!取引枠の転売は認めない。また、談合も認めない。その他、不正があった場合も競売から除外する」


競売という仕組み自体は、この世界にも普及していたので街間商人達も理解できたようだが、実績に応じて取引枠を拡大する、という方式には馴染みがないようで首をひねっている。


この世界で信用を保証するものは、血筋であり、身分であり、金銭であり、剣の腕である。

もちろん、金貸しや街中の商人は実績を密かに評価する仕組みを持っているのだろうが、このようにオープンに実績のみを評価する、と言われたことはなかったのだろう。


まあ、運用をはじめてみればわかることだ。


「それでは競売を始める」


そう宣言すると、街間商人達は渡された板切れに入札の価格をノロノロと書き始めた。

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