第189話 油断
油断があったかもしれない。
事業がうまく立ち上がり、街の有力者とも結び、成果の一端を目にすることもできて気分が良かったせいか、自分達の領域(シマ)でない場所で、少人数で酒を飲んでいたのだから。
ふと、それまでエールを飲んで緩んでいたキリクの雰囲気が急に変わり、腰の剣にあてて立ち上がった。
驚いて周囲を見ると、いつの間にか数人の男達に遠巻きに囲まれているのがわかった。
どいつも格好が貧相で人相もよろしくない。
冒険者ギルドで見た顔はいないが、最近は顔を出す回数も減っているからあてにはならない。
「ケンジ、走れる用意だけしといてくれ」
立ち上がりつつ、キリクの言葉にうなずく。サラも立ち上がっている。
「あんた、ケンジってんだろ」
囲んでいた連中の一人が声をかけてくる。
薄汚れた服、足はサンダルか裸足。手には手製のこん棒やナイフを構えている。
「だったらどうした?」
「へへっ。最近、だいぶ儲けてるそうじゃねえか。俺達にも施してもらえねえかと思ってよう」
そう言うと、周囲の連中も声を合わせて下卑た声で笑った。
7人か。さっきから周囲を確認しているが、伏兵などはいないように見える。
サラにも視線を合わせると、彼女も首を横に振る。
本当にただの物盗りなのか?
俺達がキリクやサラと無言で視線を合わせているのを、恐怖で言葉が出ないのかと勘違いした男が、嘲りを込めて近づいて大声で叫ぶ。
「おいおい、びびってんのかよ!でっけえの連れて・・・」
男は最後まで言い終わることができなかった。
キリクが鞘ごと剣で男の顔を横からぶっ叩いたからだ。
男は、その場で人形のように半回転して、顔を地面に激突させて止まった。
「・・・え?」
周囲を囲んでいた男たちが固まった。
俺はキリクに注意する。
「殺すなよ!背後が知りたい!」
「・・・そいつは、難しいな!っと!」
そこからのキリクは圧倒的だった。痩せ犬の群れに虎が飛びこんだようなものだ。
キリクが剣を鞘ごと右に左に振り回すたびに鈍い打撃音が響き、男たちが回転してひっくり返る。
俺はサラを庇いつつ、伏兵の弓矢や魔法に気を付けているだけで良かった。
体感的には数分ほどかかった気がしたが、実際には一分もかかっていなかっただろう。
静かになった店先には、頭や顔から血を流し、ひっくり返った物盗り達の姿があった。
慌てて店先に出てきた店員に金を多めに握らせると、衛兵の詰め所ではなく、剣牙の兵団事務所まで人をやって知らせるように依頼した。
俺達3人では、この男達全員を連れて行くことができないし、背後を知るためには、後でゆっくりと静かな場所でお話をする必要があるからだ。
「この手の連中は、もう街にはいないと思ってたんですがね」
物盗りの男達を軽く片づけて戻って来たキリクが、剣の鞘について血を拭いながら言う。
たしかに、あまりにお粗末な連中だった。
俺のことは知っているくせに、剣牙の兵団を知らないとは。
この街の物盗りにしては、チグハグすぎる。
冒険者ではないようだが。余所の街の連中だろうか?
面倒事の予感しかしない。
そして、その予感は哀しいことに、よく当たるのだ。
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