第177話 交渉の痛み
グールジンは厳しい声で問いただす。
「なあ、今よりもずっと商売をでかくすると、隣街だけじゃ中級冒険者まで売っても、売り切れねえぞ。ずっと遠くまで売りに行かなきゃとならねえ。それは、わかってんのか?輸送量が嵩んで、価格だって下がるし旨みが減る。わかってんのか?」
俺はグールジンから目を逸らさずに頷く。
「わかっている。それでも、教会が国中に開拓事業の靴を売るように、会社(うち)も国中に守護の靴を売る。価格が下がったとしても、数を売る。グールジン、お前はそこまでやるつもりはあるか?」
グールジンは不満げに鼻を鳴らす。
「やらなきゃどうなる。お役御免ってか?」
俺は首を横に振る。
「そんなことはしない。他の街間商人に声をかけるだけだよ。俺にお前に対する害意はないんだ。ただ、隊商(キャラバン)の輸送力が、もっと必要なだけなんだ」
グールジンがギロリ、と目を剥く。
「もし、守護の靴の生産を絞れ、と言ったら?価格が下がるってことは旨みが減るってことだ。そんなこと、誰も得する話じゃねえだろ?」
やはり、そう来るのか。俺はそっと後ろに回した手でスイベリーに合図をする。
そうしておいて、胸を張って答える。
「守護の靴の増産はやめない。それが冒険者全体の利益になると、俺は確信しているからだ。グールジン、あんたは冒険者だっただろう?それにあんたの部下達もだ。もし冒険者時代に、守護の靴があれば、どれだけ助かったと思う?」
それでもグールジンは黙っている。おそらく利益と感情と面子の問題で動けなくなっているのだろう。
だから、判断の天秤が傾くよう、一つ提案を持ち掛ける。
「だが、他の街間商人を選ぶとき、どの街間商人が適切か、あんたに選んでもらえると助かる」
そう提案すると、グールジンが重くなった口を開いた。
「俺が、どんな奴に運ばせるか選んでいい、ってことか」
「そうだ。誰に、幾らで運ばせるのか。俺としては出荷額と先方に届くことさえ保証されるなら、その間は、あんたに上手く裁量してもらいたい」
これが俺のグールジンに対する提案である。独占的な輸送権は取り上げる形になるが、影響力は残す。街間商人達の間で、グールジンは外されたのではなく、信頼された上でより広範な管理能力を期待されている、との評判が広がるようにする。
これで、グールジンの利益と面子が保たれるといいのだが。
数十秒の間、緊張を孕んだ沈黙が続いき、グールジンが口を開いた。
「どうやら、話に乗るしかなさそうだ」
「そうしてもらえると、ありがたいな」
俺がホッとして言うと、グールジンは苦笑いして右手を差し出した。
「なに、俺もお前やジルボアのような頭のおかしい連中を敵に回したくはねえからな。これからも稼がねえとならねえしな」
「時間は3年ある。少しづつ隊商を紹介してくれればいい。頼りにしてるぜ」
そう言って、俺も右手を差し出しグールジンと握手をする。
「交渉成立だ」
そう言ってグールジンは右手を馬鹿力で握ってきやがったので、俺も笑顔で力一杯握り返した。
くそっ。痛え。
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