第157話 困っている人の現実を直視しよう

教会の司祭に「困っていそうな人を紹介して欲しい」と依頼したところ、村の外れの小作農家に案内してもらえることになった。


教会の司祭を先頭に、俺、サラ、護衛のキリク、助祭3人の7人の大所帯に加えて、サラは、村に来るときに使ったロバを牽いてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


村の外れに、その小屋はあった。

かつては、家と呼ばれるものだったのかもしれないが、外壁の石は崩れ、土のレンガで補修してあり、傾いた屋根は木で突っかえ棒をして落ちて来るのを防いでいる。藁で葺かれた屋根は半分腐っており、草が生えている。

廃屋でないのが不思議な代物だった。


「こちらの家族は畑の手伝いをして暮らしておるのですが、夫が昨年の秋に怪我をしましてね。一番の稼ぎ時に働くことができなかったのです。妻と子供2人を抱えて困っていたので、私もできる限りのことはしたのですが・・・。両親とも村の外から来た者なので、親族の手助けが得られなかったのです」


そう言うと、司祭は家の入口から中に呼びかけた。


「私です、少し話を聞かせて欲しいという人がいるのですが」


すると、中からおずおずとした様子で中年に見える女性が顔を出した。


「ええと、司祭様、どんなごようでしょうか?」


意外に声が若い。もしかすると汚れて栄養の足りない顔や髪が、女性に年を取って見えさせているだけで、実際の年齢も若いかもしれない。


「教会の若い助祭達が、あなたの話を聞かせて欲しいと言っているのです。少し協力してもらえませんか?」


「はあ・・・でも、夫は畑にでておりますが・・・」と答えながら、暗がりとなっている部屋の中を振り返る。


「子供なら、私が様子を見るから大丈夫よ!」


とサラが声をかける。


「ねえ、坊やたち出てらっしゃい。一緒に、ご飯を作るのを手伝ってくれない?お肉もあるわよ?」


「ほんと!?」「やったあ!」


そう叫ぶと、小さな影が2つ、母親の腕をすり抜けるようにして、飛び出して来た。


「あの・・・でも、うちでは薪(まき)のお代が・・・」


と母親が遠慮して言う。


「薪は持ってきたし、水は汲んでありますから、大丈夫ですよ。お話を聞かせてもらうお礼ですから」


薄汚れて元気な子供達をまとわりつかせ、笑顔でサラが答える。


村の中では、薪は無料(タダ)ではない。森の中で安全に薪が拾える範囲は限られているし、樵(きこり)を生業にしている者もいるので、勝手に生木を切り倒すわけにはいかない。そもそも伐採権は、この地を差配する教会にある。

水も、生活用の井戸は共同であるが、汲むための労力は大きく、重い水瓶を運ぶ負担も大きい。


そのあたりの細かいところに気が回るサラは、やはり農家の娘だけある。それに、幼い兄弟の面倒をみる手つきにも安心感がある。今は、運んできた薪をロバから降ろして即席の竈(かまど)を作りつつ、木の櫛で髪の虱(しらみ)を順番に取ってやっている。

ああいうところは、俺には真似できないところだ。


助祭達は、想像以上の農民の貧窮ぶりに、すっかり腰が引けてしまっていたので、農婦からの聞き取りは、俺がすることになった。


彼女は中年に見えていたが、20歳を超えたばかりだと言う。兄弟は、5、6歳に見えたから、随分と若い母親だ。この世界の農村では、早婚でもないのかもしれないが。

住んでいた村では両親から結婚に反対され、夫が小作の出稼ぎに来ていた、この村に移り住んだのだと言う。

以来、村で畑を借りて麦を作り、農繁期には他の畑の手伝いをしたりして暮らしを立ててきたのだそうだ。

ところが、去年の秋に魔狼が村の近くに迷い込んできて、外の隠し畑で農作業をしていた夫が左腕をやられてしまってから、暮らしは破綻してしまった。

一年で最も稼ぎのある秋の収穫作業時に、労働ができなくなってしまったからだ。今は腕はある程度は治ったものの、欠けた収入が戻って来るわけではない。

それで、すっかり困ってしまっている、というのが今の状況のようだ。


「そ、それで教会は何もしてくれなかったのか!」


クレメンテ助祭は、近くに教会の司祭がいるにも関わらず、勢い込んで問うた。

農婦は、教会の司祭の顔色をうかがう様子を見せたが、司祭がゆっくりうなずくと話し出した。


「夫は、村の外で怪我をしたので、村からの援助はいただけませんでした。村の畑を守って怪我をしたのならともかく、村の囲いの外に出ていたのだから、ということのようです。司祭様は、そのことを気の毒がって下さって、私たちの家に、落ち穂を拾う権利と徴税倉庫の掃除の権利を譲って下さいました」


農村の風習に疎い助祭達と俺のために、司祭が解説をしてくれる。


「落ち穂を拾う権利とは、麦畑を収穫すると落ち穂と呼ばれる収穫もれが出ますので、それを拾って自分の物としてよい、という権利です。徴税倉庫では、税を集める秤升から袋へ移すときに、麦の粒が零れ落ちることがあります。そこを掃除する、ということで麦の粒を手にすることができるのです。村人が彼女らを憐れがっているならば、わざと落ち穂を多くしたり、また秤升から零したりもしてくれるのです」


話を聞きながら、原始的ではあるけれど、福祉の一つの形だな、と俺は感心して聞いていた。

農作業で必然的に発生する所有権の争いになりそうな無駄を、共同体の福祉へと変えているのだ。


「・・・それでも収入は十分ではありません。今年は、子供たちのどちらかを売らなければならないかもしれません。来年は何とかなるといいのですけど・・・」


そう言って、農婦は下を向いた。

助祭達は、言葉を失っていた。


サラが振る舞う食事に、はしゃいだ声をあげる子供達の声が、やけに大きく聞こえていた。

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