第109話 靴の代金

この街で流通している貨幣のうち、庶民は賤貨、銅貨、せいぜい大銅貨までしかお目にかからない。銀貨となると、一生縁のない庶民も珍しくない。


これが、2等街区に住むような市民になると、通常の暮らしでも大銅貨を使い、銀貨を使う機会も、そこそこある。ところが金貨となると、これは屋敷や商圏の購入などの一生の買い物の決済通貨として使うぐらいしか機会がない。


剣牙の兵団のように一流クランにおいても、団員の給与は、銀貨で支払われるのが普通で、金貨となると強力な魔道具や魔剣を購入する際に使用するぐらいである。


その金貨が数十枚、団長室の机上に黄金の輝きを放ちながら積まれている。



「つまり、これが靴の代金ということか?」


ジルボアが呆れたように言う。


「そうだ。もちろん株主のあんたやグールジン、ゴルゴゴにも記帳しておいて公平に配布するつもりだ。なにせ、靴事業の販売行為で得た正当な利益だからな」


「正当ねえ・・」とサラも後ろで呆れた声を出した気がしたが聞こえない。

金貨の輝きは、全てを正当化するのだ。


「もう一度、ロロの思惑とやらを聞かせてもらおうか。ここまでやったのには、金がない以外にも理由があったのだろう?」


ジルボアが俺に説明するように言う。もちろん、ジルボアには事前に相談の上で説明しているが、これは、ここに集まったジルボア以外の全員に説明するよう、促しているのだ。


俺は声を大きくして、部屋の全員に聞こえるよう説明をはじめる。


「まず、今回の出入りは、あの胡散臭い文官のロロと黒白をつけて、上下関係をハッキリさせるためだ!

 剣牙の兵団は、舐められたら黙っていない!そのことを、貴族たちにも示す必要があった!」


そこまで言うと団員達から「そうだ!!」「いいぞ小団長!!」という声が上がった。

今回の件では、全員が相当、頭に来ていたようだ。

 

俺は喧騒に負けないよう、続けて声を張り上げた。


「ただし!相手は嫌われ者でなければダメだ!貴族社会全体を敵に回すわけにはいかないからだ!

 その意味で、ロロは、ちょうどいい敵役だった!


 なにせ、あいつはイヤな奴だったからな!オマケに陰謀家で、剣牙の兵団に手を出してきた!

 あのロロって奴は、仲間がいねえから、剣牙の兵団を自分の犬にしたがってたのさ!

 だから、俺と団長を脅迫してきた!

 剣牙の兵団は、仲間に手を出した奴には容赦しない!」


スイベリーが「そうだ!仲間に手を出したやつは容赦しねえ!とくに小団長みてえな腕がからっきしの奴に手を出すとは、卑怯な野郎だ!!」と相の手をいれる。


ドッと団員達が笑う。俺は苦笑いしながら、さらに続けた。


「だが、奴は失敗した!俺達が伯爵様と話をつけちまったから、ロロの奴は焦って俺達の前に姿を現しやがった!

 おまけにやつは団長の目線にビビってた!

 あいつは二流の陰謀家でビビりやだ!庶民の俺達が、自分を脅すなんて想像もしてなかったのさ!」


ロロの屋敷に、一緒に営業に行った団員も賛同して声を張り上げた。


「小団長の言うとおりだ!あいつの部屋に入った時の様子を見せてやりたかったぜ!完全にビビって、真っ青になってブルってやがった!やつが契約書にサインする手がブルブル震えてやがってよぉ、俺が心配して、ちっと床を優しく踏み鳴らしてやったら、金庫を開けて金貨を出してきやがったんだ!」


ドッと団員達が笑う。


たしかに、ロロは失敗した。俺達が伯爵と直接に話をつけるとは思わなかったのだろう。焦って姿を表して、交渉まで持ち掛けてきた。まさか、そこで断られるとも思わなかったのだろう。下っ端とはいえ貴族にとって、庶民など税を搾り取る家畜に他ならないのだから。


まして、その家畜が、実は猛獣であり、牙を剥いてくるとは想像の外だったに違いない。


二流の策謀家の常で、ロロは、自分だけは観客席にいるつもりでいたのだ。


自分のめぐらせた策で踊るのは人の形をした駒であったはずが、その駒が屋敷の中へ乗り込んできて直接的暴力にさらされた。

その衝撃は、ロロにとって、日が西から昇るが如く、あり得ないことが起きた、信じがたい心地であったに違いない。契約書を書かせて、金庫から金貨を浚っている間も、ロロは真っ青になって立ち竦んだままだった。


念のため、ロロの金庫からは、ついでにロロが脅迫のために保管しておいたであろう文書類も頂いてきてある。

これを持っている限り、ロロは滅多な行動を起こすことはできないだろう。


これにて、一件落着だな。


俺は、まだ事務所で興奮冷めやらぬ態で騒いでいる団員達を見ながら息を吐いた。


ああ、そうだ。


ロロには、あとできちんと靴を納品しないとな。

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