第81話 ひとりでは救いきれない

日が高くなってきた頃、3等街区にある冒険者ギルドまで、サラを迎えに行く。

剣牙の兵団と俺が組んだことは知られ始めているし、明るいうちは滅多なことはないと思うが、念のためだ。


そっと、冒険者ギルドに入ると、サラが駆け出し冒険者達と談笑している。

しばらく見ていると、駆け出しにツアーの説明を手際よくした後、木の棒で出来た予約票を渡している。


あいつ、本当に営業に向いてるな。


と、以前に案内したことのある冒険者達が俺を見つけて声をかけてきた。


「ケンジさん!お疲れさまです!」


「ケンジさん!お世話になってます!」


ケンジさん?なんだそりゃ。と唐突な「さん」呼ばわりに困惑していると

ギルド内の冒険者達が「ケンジさんだ・・・」「おお・・・あれが・・・」などとザワザワし始めた。


何だか事情がわからず左右を見回していると、サラがこちらに気付いた。


「あ、ケンジ!来たの?」


「あ、ああ。なんか変な雰囲気じゃないか?何かあったのか?」


と、サラが腕輪をした腕を突き出して来た。


「ふふーん、あたしが、広めておいてあげたのよ!ケンジは、もう剣牙の兵団の身内なのよ!団長さんとこに直接に勧誘されて、魔法の靴を作るのよ!って」


「あー・・・それでか・・・」


サラの元気のいい説明を聞いて、ここの冒険者連中の誤解を理解できた。


つい、この間まで中堅冒険者崩れで、ギルドの片隅で小銭を稼いでいた男が、一流クランに団長直々に迎え入れられる。

それは、ここにいる駆け出し連中には想像もつかないサクセス・ストーリーに見えることだろう。


サラから噂の内容を聞いて、頭が痛くなった。


曰く、実はさる貴族の血筋を引いているらしい・・・とか、ある大商人の3男坊で剣牙の兵団の大スポンサーになっているとか、眠っていた魔法の才能が目覚めて途轍もない大魔法が使えるようになったとか・・・。


そんなチートがあれば、こんな苦労してねえよ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


駆け出し冒険者の意見が聞けるのは丁度良かったので、冒険者ギルドのテーブルでサラとちょっとしたミーティングをする。


冒険者ギルドのカウンターの向こうからは、以前にやり込めたハゲのオッサンがチラチラと、こちらを見て来るが、積極的に妨害するだけの度胸はないようだ。

こちらも大人なので、笑顔で挨拶するだけにしてやった。ハゲは慌てて視線を逸らしてたが。


「サラ、最近の駆け出し冒険者達の様子はどうだ?以前と変わったところはないか?」


サラは記録を取っている羊皮紙を取り出してめくりながら、答える。


「うーん・・・あんまり変わらないかなあ。やっぱり怪我は多いし、儲かってないみたいだし。あ、もめ事は減ってるかも。やっぱりツアーやるとパーティーが長続きするみたいなんだよね。無意味な移籍は減ってるみたい」


状況に変わりはないか。

冒険者ツアーだけをやっているならば、駆け出し冒険者の行動が変化しないのは良いニュースだ。

市場環境が変わらなければ、商売は安定する。


だが、それは不具になる冒険者を今の割合で出し続ける、ということだ。

俺達がどれだけ頑張っても、ツアー案内をできる人数は10人強。20人は案内できない。

パーティーのちょっとした経費節減と無意味な移籍を減らすことはできるが、それだけだ。


冒険者になろうという人間は季節によっては100人単位で毎日、農村からやってくるし、その多くが準備不足、装備不足のまま数回の冒険で負傷し、不具になるか死んで短い冒険者人生を終えていく。


この街だけで起きている問題ではない。世界全体ではどれだけの無意味な損失が出ているのか。考えるだけで眩暈(めまい)がする。


この構造をひっくり返すには、俺のスキルを当てにしてはダメだ。

個人の力には限界がある。文盲の多いこの世界で知識の広まりは遅すぎる。

やはり、モノの広まる力を使うしかないな、との思いを強くする。


冒険を登山に例えると、ツアーは山岳ガイドのようなものだ。

山岳ガイドが活躍する話はヒロイックで格好いいが、山岳用品を開発し改良する方が多くの登山を成功に導くことができる。

それに、モノは人を差別しない。冒険者だろうが貴族だろうが、同じように利用することができる。


一刻も早く、冒険者の靴を早くつくりたい。


目の前にやるべきことは山のように待ち構えているが、焦りは募るばかりだった。

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