第53話 素材の悩み

靴の仕様を固めたところで、次は詳細設計と、素材選定だ。

詳細設計は、剣牙の兵団が紹介してくれる革細工職人を待とうと思う。


俺のような素人が、革の収縮や加工のし易さを考慮に入れた部品設計を

できるとは思えない。


今は、サラが開拓してくれた革通りのおっさん達のところに顔をつないで

各部品ごとの素材を決めることを優先する。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それから1カ月間、俺とサラは革通りに通い詰めた。


そしてインソール素材は兎型の魔物の毛を刈らないで、足型にすることで

靴内での摩擦を大きくして、中で滑らないようにすることや、


つま先には爬虫類(リザード)系の魔物の堅い皮を用いることで、踏まれたり

切り付けられたりしても、ある程度は耐えられるよう、コストを抑えながら

実現できそうなことがわかった。


一番の問題となったのは、靴底のゴム素材の代替品だった。


滑り止め部分は鉄の鋲(びょう)に任せるとしても、反発力をどう持たせるか。

硬さがありながら、柔らかい反発力を持つ素材の選定は難航していた。


「やはり、難しいですか・・・。」


俺は何度目かになる、ため息をこらえながら革通りの工房で職人と話をしていた。


「むー・・・お前さんの持ち込んできた素材、まったく不思議だな。

 このように、硬く、しかし反発力があって、綺麗に加工できる素材とは・・・」


「まあ、特別な一品で、二度と手に入らないものなんです。」


「なるほど、何かの魔法品(マジックアイテム)と言うことか・・・。」


嘘は言っていない。工業ゴムなんて、この世界には存在していないだろうからな。


「ある種のタールと膠(にかわ)と硫黄を熱したものだ、ということはわかってるんですが・・・。」


「なに?硫黄?」


「ええ。硫黄という黄色い火山地帯で採れる石を加えると、ある種のタールは頑丈になったり、

 柔らかくなったりするんです。

 それで、脆くなる性質を、膠を混ぜて熱して弾力性を持たせるんです。」


「ほー・・・。硫黄か・・・。」


「まあ、今回は丈夫な皮を強力な膠で何枚も張り合わせる方式の方がいいかもしれませんが。」


「あれは、お主が弾力性が足りん、と言っておったではないか。」


「そうなんですよねえ・・・。」


この世界でゴムの再現は難しそうだった。一定の硬度をゴムに持たせるには

極めて微妙な温度管理が必要になる。

それには、化学工業の発展を待つ必要がある。


工業用の温度計から作るのか?だが炉を一定温度に保つにはどうする?

そもそも均一の材料をどうやって調達する?


ちょっと概念をアドバイスすれば再現してくれる、スーパードワーフ職人はいないのだ。

まあ、この世界のどこかにはいるかもしれないが、とてつもなく高くつくに違いない。


俺のように普通の人間は、こうして普通のオッサンと打ち合わせて、

少しずつ仕様を詰めていく、当たり前で地道な努力を積み重ねる必要がある。


ふと、視線を上げた俺は、工房の前の通りで子供たちが

小さな玉(ボール)を弾(はず)ませて遊んでいるのが見えた。


なんだあれ?


「ちょ、ちょっと僕たち、それを見せてくれないか?」


必至に駆け寄った俺は、不審者そのものだったろう。

子供達は硬直し、泣きそうな顔になった。


あわてて追いついてきたサラが、しゃがんで子供達に話しかけた。


「ごめんごめん。おじさんこわかったね。今、何をして遊んでたか、お姉さんに教えてくれる?」


誰がこわいおじさんだ。と思ったが黙ってサラに任せることにした。


子供達は顔を見合わせて「これ、スライムの核。」と手の中のものを見せた。


これはいける。俺は立ち上がりながら、確信した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る