さんざめく者共 第3話

 ケリーは元々人懐こい性格だった。愛情たっぷりに育てられていたからか、今ではすっかりピレアの村人たちとも心を通わすようになっていた。

 ケリーが、言葉も耳も不自由であることが病気だと思った村人たちは、いっそう気に掛けてくれるようになった。

「アントニエッタは偉いねえ。小さいのにひとりであの子の世話をしていたんだろう?」

「それよりも人が悪いのはカスケードさまだ。一言私たちに言ってくれればお世話のひとつやふたつ。喜んでするのにさあ」

「いやいや、そそっかしいお前さんには頼みやしないだろうさ」

「なんだい、そりゃあ」

「カスケードさまがこっそりお連れしたお人だよ? 大層大事な方なんじゃないのかねえ。そのお人に怪我でもあっちゃあ一大事さ」

「それもそうだが──」と、会話が途切れ、皆の視線は刈り取りの始まった畑の中へと向けられた。

 視線の先には笑顔で鎌を振るケリーの姿があった。遊び遊びの手伝いである。ケリーの周りには子供たちが群がり、はしゃいだ声を上げて駆け回っている。

「お止し! 遊び半分の手伝いは危ないだけだよ。手伝う気がないんなら広場にでも行って遊んどいでな!」

 そこへコリーンの一喝が入る。恰幅のいい彼女の一喝は子どもたちにはよく効くようで、すぐに怒られてしゅんとなる。ケリーは突然おとなしくなる子供たちの様子から、怒られていることを察した。そして次にどんな行動をコリーンが取るかを瞬時に計り、足を踏ん張った。

 案の定、鎌を取り上げられそうになるケリーは足で土を掴むように踏みしめ、コリーンに抵抗する。

──手伝う! 手伝うんだ!

「だったらきちんとおやり。ふざけて怪我でもして、カスケードさまに何てお伝えしたらいいんだい」

 ケリーは恨めしそうにコリーンを見上げた。だが──。

──コリーン。大好き!

 ふざけながらコリーンの胸に飛びつく。

「およしったら!」

 コリーンは怒鳴り声を上げたが、けして怒りが込められているようなものじゃなく、抱きつくケリーを窘めながら我が子にするそれのように抱き締めた。

 ケリーは、抱き締められると胸の辺りが妙にむず痒くなり、そして温かいもので満たされていくことに気付いていた。それは本当に嫌なものじゃなく、その証拠にケリーはやたらと人に抱き付くようになった。

 時折、ケリーの心を掻き乱す、あの花狩りに出かけた晩のような、真っ暗な夜の翌日など、それは顕著に現れた。

 温もりを求めて、確かななにかを求めて。

 ピレアの村でケリーは、懐かしい家族の温もりをもう一度味わっていた。


 オルレカの失踪から半年が経過した。

 神苑の剣を失ったままのガーデンでは、次の花狩りに向けての会議が再三再四に渡り、行われていた。

 フィデリオは、ケリーの探索から未だに戻っておらず、ガーデンではその様子すら把握出来ていないのが現状だった。

 花残り月に入ると、オステオスが緊急会議と称し皆を集めた。その中にはカスケードの姿もある。

「今日、皆に集まって貰ったのは言うまでもなく、オルレカの件だ。今年の花狩りまで後半年という危機的状況となった今、このまま悠長にフィデリオの報告を待っていても、それが徒労に終わらない保障はどこにもない。皆はそれについてどう思っているのだろうか」

 オステオスは困り果てたように溜息を吐いた。

 しかし誰もが口を固く閉ざしたまま、なにも語ろうとはしない。重い空気が部屋の中を覆い尽くす。

 オステオスが幾度目かの溜息を漏らすと、カスケードが突然口を開いた。

「私の意見でよろしければ発言させて頂いても構いませんか?」

 皆の視線が一斉にカスケードに注がれた。

 彼は目を伏せたまま言葉を続けたが、その声音は臣下のそれとは大きく異なり、仰々しい遠慮深げなセリフの割には、不躾な言い回しだった。

「あなた方はどうやらお忘れのようですが、私の持つもうひとつの剣も魂を狩ることが可能です。神苑は再生への道標ですが、月読は終焉への導き。二度と再生されることは叶いませんが、その覚悟があるのならば私を──月読を使うといいでしょう」

 彼の提案は、人々の魂を月読で狩るというものだった。月読で狩るということはすなわち、その魂にとってすべての終わりであり、神苑の時のように花園で再生を待つわけではないのだ。

 環のように、すべての人々が永遠に命を紡ぐ世界を理想としたオステオスたちの意に、明らかにそれは反していた。

 しかし、彼らにはそれを拒むだけの確固たる信念が、今、ある出来事によって揺らぎ始めていたのだ。

「なにもガーデンの人々を狩ると言っているわけではありません。あなた方の理想の国を壊す意志は私にはありません。血を流さない国を作ると言ったあなた方の意志に……私は従っただけなのですから。──ですが……。時には血を流す時がやってくるのです。それが今であるという──ただそれだけのことです。機会を逸すると必ず後悔します。私は──紋章を持たない人々だけを狩ると言っているのです。紋章のない人々が存在するという事実が白日の下に晒された時に、あなた方は即決するべきでした。在ってはならない存在……。波紋は小さいうちに止めておくべきでしょうね。ですからこれが──最後の機会となりましょう」

 カスケードは「あなたたちには選択権は無いのだ」と、その仰々しいセリフで神々に告げているのだ。

 神々は互いの顔を交互に見やり、そして重い口を開くようにオステオスが答えた。

「承知した。まずは紋章の無い者を月読で狩って貰おう。花狩りについてはフィデリオの報告を待ってから、もう一度会議を開くことにする」

 カスケードは顔色ひとつ変えず、オステオスの言葉を聞いていたが、花狩りについてのくだりで席を立ち、結局最後まで聞くことなく部屋を出て行った。

 そうして花狩りの季節ではない雨五月あめさつきに、カスケードによる狩りが開始されたのだ──。

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