ピアと天界人

***

 今朝になってピアは、昨晩の客は颯の連れだと東と翼から聞いた。翼は気の毒になるくらい謝ってきたが、彼よりも颯本人から詳しい話を聞きたい。別に謝ってほしいわけではないのだ。ただ、話が違うじゃないかと思っているだけで。

 そんなことを考えていると、一枚の書類を何度読んでも頭に入ってこない。いつまでたってもサインができない。だから事務所に入ってきたのがてっきり颯だと思っていた。分かっていれば一歩だって入れてやらない男だとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。

「久しぶりに見るが、変わっていないな」

 声に頭が跳ね上がった。腰が浮きそうになるのを押しとどめて平静を装い、意識して横柄に背もたれに背を預ける。入ってきた男は室内を品定めするみたいに見回す。

 天界人の正装は白と決まっている。そんなものを隙無く着込んだ男の名は昴。顔立ちは東に似ているが、昴の方が老獪な雰囲気を纏っている。最後に会ったのはもう何十年も前だが、記憶の中の姿と一分の違いも無い。

 うつらうつら本を読んでいた暮葉が腰を浮かせる。彼女には最近アレイシアの代わりに家事を頼んでいた。愛想があって客人には好評だ。

 下に行ってて。そんな暮葉に手のひらを見せて茶を運ぼうとするのを断り、地下へ追い出す。幸い東と翼、アレイシアは外出中だった。

「変わるようにできていないもの」

 暮葉が階段を下りきるのを見届けてから、ピアは昴に向き直った。もちろん茶など用意しない。

「その口も変わらないな。肝心の機能は劣化しているのに」

 言い返してやろうと身構えていたのに、咄嗟に全てが動かなかった。一瞬後に動き出した思考の出す「なぜ」が頭の中をぐるぐる回る。

「どうした、口答えはなしか」

「劣化なんかしていない。結論を出すには早すぎる」

「意見を聞きに来たんじゃない。お前の機能は劣化した。後始末は私がしてやる」

 竜が頭の上に落ちてきた時、もしかしたらそうかもしれないとは思っていた。ただそれを決定付ける材料が足りないから、そうではないはずなのだ。だからはっきりさせるために竜と会うつもりだった。

「証明するから、少し時間をちょうだい」

「竜が勝手にするだろうそんなもの。お前と竜はその形しか違わないのだから」

 昴はこちらの言葉を取り合う気が無い。昴に限らずあの”皿”に住む天界人はみなそうだ。彼らにとってピアは管理するべき物であって、生物ではない。

「竜に私を引き渡すの」

 竜とピアの体質は似ている。天界人とも同じ、魔術粒子の塊。それを本体として、魂として、地上の人間と同じ肉体に結びつけている。この身体が年老いないのは、魔術でそう保ち続けているからだ。

 地上に余剰な魔術粒子が生じると竜を形作る。そして逆も。その時に竜をばらばらにするのはピアの役目だ。体質を同じくするからこそ、それを熟知しているからこそできる。

「形が違うだけで同族とは認知されないらしいな。さぞ恨みを買っていることだろう」

 生きるのも死ぬのも世界に振り回される点も同じだが、役目は異なる。恨みを買うのは当然だ。自分がこの立場にいることに納得などできない。

「地上の魔術粒子の受け皿を新しくすればこの騒ぎもおさまる。良いことづくめだ」

 確かに、私もやっとこの生き地獄から解放される。やっとだ。

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