私式夢十夜

見瑠人

第1話 金平糖職人

 こんな夢を見た。


 群青色の夜の海に小舟を浮かべて、上にも下にも、満天の星空が広がっている。周囲には、同じような小舟が数艘あって、暗くてよく見えないが、その輪郭から、人であることが辛うじてわかった。私は、どうやら藍染めの作業用着物を着て、他のみんなと同じように小舟にひとり乗っている。

 小舟は静かに波に揺られ、遠くの岸部に、漁り火ほど勇ましくはない、幽かに人の気配を漂わせる光が揺れているだけだった。


 すべてが星ばかりだった。

 星空の中を、小舟で進む。


 少し先を行く小舟から、蜘蛛の糸のように細い糸の投網が静かに水面に放たれた。糸が細いからだろうか、水面は乱れることなく、投網を吸い込むようにして星を映している。

 すると不思議なことが起こった。

 その投網が引き寄せられると、水面に散っていた星影が、網にすくわれて、くっくっと動いて行く。投網にかかった魚のように、暴れたりしないが、投網が小船へ寄せられると、一緒になってついていく。


 やがて、投網が攫った場所は、ぽっかりと星がなくなり、まるで大きな洞があいたように見えた。


 それを合図にして、周囲の小舟が一斉に投網を、星めがけて投げ始める。次々と星が攫われ、次々と洞の穴のような黒い寂しい空間ができあがっていく。私も見よう見真似で投網を投げると、ごっそりと星影が捕まった。

 小舟にあげて、まじまじ見ていると、それは、ほのかに輝く、金平糖だった。


「やーい」


 岸部と思われる方から、人の声が聞こえる。


「やーい、もう、終いにしようや」


 星影をとっていた小舟たちが、岸へ舳先を向けて、静かに、静かに去っていく。私も、見よう見真似で小舟を漕いで、岸へ戻る。


「金平糖捕り、ご苦労さん」

「今日もいい金平糖が捕れましたよ、職人さん、お疲れさまです」


 どこからともなく、こちらをねぎらう声が聞こえる。

 小船から岸へあがったのは、私と同じように藍染めの作業着と前掛けをつけた者たちだった。金平糖職人たちは、船小屋に入って行く。皆、一様に背筋をかがめていて、うつむき、顔は見えないがなんとなく青白い気がして不気味な印象を受けた。船小屋にみんな吸い込まれるように入っていくが、その人数に対して、船小屋は小さすぎる感じがした。

 金平糖はそれぞれの小舟に乗ったままになっているのに気がつき、本当は小船から捕った金平糖を船小屋に水揚げしなければいけないのでは?と私が躊躇していると、船小屋の入口で、職人たちをねぎらっていた人物がやってきた。

 二足歩行のウサギだ。

 渋柿色の市松文様の上っ張りを着ている、その毛はつぎはぎであった。因幡の白ウサギじゃないか、と私は思い、ウサギを凝視した。ウサギも私を凝視すると、手に持っていた行燈を地面に置いて、両手はぱんっと、柏手をした。


「おやっ、生きておられるんですねっ」


 その言葉に驚いていると、ウサギは再び行燈を持つと、岸に整然と並べられている小舟に歩いて行った。夜の闇に、採れたての金平糖が、輝いている。ウサギがちょいちょいと手まねきをした。

 行くと、そこには、私が乗っていた小舟がある。


「ほら、見てください」


 ウサギは隣の金平糖を手にとって、私のとってきた金平糖と並べた。

隣の金平糖は白一色に対し、私の金平糖は、色とりどりとしていて、"活き"がよさそうだ。ウサギは、得意げに、「ね!」と言った。


「死んだ人が捕ると色がなくて困ります、生きている人が捕ると、こんなに綺麗なんですわ」


 ウサギは私の方へまっすぐ向きなおると、少し前屈みになって、私の顔を上目づかいで見た。その目は飴色で、賢そうな反面、狡さが見て取れた。しかし、「因幡の白ウサギ」は神話のあの一件以来、狡いことはきっと二度としないだろう。


「色とりどりの金平糖、また、捕りにきてくれませんかねぇ??」


 ウサギは、おそるおそる尋ねてくる。

 死人に囲まれて星の海に出ることを不吉に感じてると、ウサギは私の気持ちがわかったのか、慌てて頭をふった。


「不吉なことはございません!お客さんですから…時々、捕りにきてくだされば良いのです」


 私は、少し不安になりながらも、「いいよ」と答えた。

 そして、朝目覚めて、金平糖を買いに行ったのだった。

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