Track-4 俺たちの放課後Tータイム

 停学明けの7月30日。ボクは息を弾ませて学校に続く坂道を駆け上がっていた。遅刻だ、ちこくだァー。カバンの中には総数711枚の原稿用紙が入っている。


 これだけの誠意を見せれば留年を取り消してもらえるだろう。286枚目と317枚目と598枚目が一緒の内容なのだが気づくまい。


 奴ら教師は「平野が700枚超の反省文を書いたという結果」さえ知れれば満足なのだ。「みなさん、おぱようございます!逢いたかった~Decth!」


 ボクが勢いよく扉を開けると1年C組の教室はもぬけの殻だった。魔王の手下にでもさらわれたか。壁に掛けられているカレンダーを見てボクは全てを理解した。夏休みでしたァー!てへっ♪ちんぺろ。ボクは教壇に反省文をぶちまけるとクラスいちの美女、巻牧菜まきまきなの机に精液をぶちまけ教室を後にした。



 ボクは2階にある第2音楽室のドアに耳をあて部屋の気配を探っていた。よし、誰もいないな。扉を開くとたばこのヤニの臭いが出迎えた。


 ファッキュー、軽音楽部。そう。ここは3ヶ月前にボクが青木田達に宣戦布告した部屋だ。当の軽音楽部達はボクがおこしたステージ大爆発のおかげで全身火傷の重症で絶賛入院中だ。ざまぁみやがれ。人に小便なんか飲ますからそうなるんだ。ボクは興味本位で連中の所有物を探した。ミヤタのロッカーから熟女特集のエロ本が出てきて、岡崎のもの入れからは煙草のハイライトが出てきた。


 ボクは青木田のようにテーブルに足をかけて座るとたばこをくわえ、ライターで火を付けてゆっくりと息を吸い込んだ。真っ白な肺胞を群青の煙りが覆いつくすイメージ。たばこバージン、ハイライト先輩に捧げちまった。そんな妄想を繰り広げているといきなりドアが開いて


 「おー、いたいた」と声が聞こえた。うおゥ!やべぇ!先コーに見つかったらまた停学になっちまう。しかしその心配は無用に終わった。


 ドアを開けたのはあつし君でボクに声を掛けたのはマッスだった。


 「おい、自分から呼んどいてなんだ、そのリアクション?」


 「な、なんでもねぇよ!」ボクがたばこをテーブルに押し付けると「わぁー、おれが買ったドラムがある。なつかしいなぁー」とあつし君が教室の隅にあるドラムキットに駆け寄った。そうか、あつし君は去年までこの部に所属してたんだっけ。まぁ、ボクも4月の半ばまでいたけど。


 マッスが転がっているアンプを見て理解したように発言した。


 「そうか、学校にベース持って来い、って言ってたのはココで練習しようってことだったんだな」

 「まあね。でも一度やってみたかった事があるんだ」

 「やってみたいこと?」あつし君が振り返るとボクはその準備に取り掛かった。



 「よし!それじゃ、かんぱーい!!」


 ボク達3人はジャスミンティーの入ったカップでかちん、と乾杯をした。This Is 放課後ティータイム。中学時代の俺、ねがいごとは叶いましたよ。


 できればこんなむさ苦しい男達と乾杯なんてごめんだったけどな。「へぇ。あのチンピラ達、結構機材買い込んでたんだな」マッスが教室の小さなステージを見てにやけた。


 「ほとんど先輩やおれが持ってきたものだけどね。あいつらのせいで先輩達も退学になっちまったしほんと、むかつくよ」


 悔しそうにステージを睨むあつし君を見てボクは言った。


 「取り返そうぜ。この軽音楽部を」「え?」

 「そりゃ、いますぐにじゃないけどさ、青木田達が退院して決着を着けたらこの教室を俺達のモノにするんだ。イッツオーライ!やってやろうぜ!」


 ボクがカップを掲げると2人も同じようにカップを掲げた。「いくぜ!」「おう!」「セックス!」いつもの号令がかかるとボクらT-Massはどっかのお笑いコンビのように気味悪く笑い合った。お茶を飲み干すとマッスが言った。


 「こないだ言ったライブ場所だけどさ、なんとか目処が付きそうだぜ。ティラノ、まともな曲は書けたのかよ?」

 「あ?こないだミスドで聞かせた『あずにゃんの声でイこうよ』じゃダメなのかよ」

 「あんな恥ずかしい曲、人前で出来るかよ」

 「はっ、非童貞のベーシストが『ボクの童貞をキミにささぐぅー』なんてコーラスしてるクセに良く言うよ。男なら初夜まで純情を守り抜けっつの」

 「うそ?マッスってせっくす経験者なのかよ!?」

 「うるせーおまえら!そんなんだからいつまで経っても彼女ができねぇんだよ!」


 ボクら3人は中身のないバカ話を続けた。ホモ臭いって言われるけどやっぱり男同士の下ネタトークは最高だ!バイト先にクビを宣告されたあの日、ボクらはいつものミスドでこれからの活動計画を立てた。T-Massの目標が「学祭でライブを成功させること」から「ロックで世界を驚かすこと」に変わった。


 その為にボクは新曲の制作、マッスはライブ会場のブッキング、あつし君は、えっと、なんだっけ...


 「そう言えば『となりの壁ドンドンズ』のベース変わったってさ」「またかよ!あそこのバンド出入り激しすぎなんだよ!」


 そう、あつし君は最新の音楽情報の収集。ちなみに三月さんはT-Massの広告係だ。学校の掲示板炎上効果もあり、ようつべに上げた「ぼくどう」のライブ音源の視聴数はついに4ケタを越えた。万事順調。ボクがへらへらしているとマッスが立ち上がった。


 「よし!ひさしぶりにジャムでもすっか!」

 「おう!アイツらが残した機材もあるし」

 「...やれやれ。才能の安売りはしない主義なんだがな...」


 ボクは愛用のキングクルムゾンと言う謎のメーカーのストラトキャスターを手に取るとカッコ良くステージの上に立った。


 「マッス、ドアと窓を全開に開けてくれ」「自分でやれや」


 ボクは窓を全開に開けると外で活動している部活動連中に向かってこう叫んだ。


 「ヨゥヨゥ!全世界のみなさま、お待たせしました!第2音楽室にてT-Massが演奏中!チェックしときな!ベイベー!」


 振り返るイケメンサッカー部員にツバを吐きかけるとチューニングをしているリズム隊に声を掛けた。


 「チェックオーケー?」「イッツオーライ!」

 「それは俺の決めゼリフだっつの...いくぜ!新曲、『下半身が止マラない』!!」


 「その曲、嫌だっつーの!」嫌がる2人を振り切ってボクはイントロのギターをかきむしった。


 「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」


 そんなフレーズを叫びながらボク達は楽器を介して魂の会話をした。「学祭でのライブだけどよ、ティラノはどう思った?」

「俺は気持ちよかったよ。射精もうんこも出来たし」「そりゃお前は気持ちよかったかもしれないけど...青木田達の演奏と比べたら全然ダメだったよな」

「あいつらを見返すにはもっと練習して良い曲作るしかないみたいだな。とりあえずティラノ、ステージでオナニーすんのはNGな」


 間奏でマッスが吠えるとボクは2番のサビのフレーズを叫んだ。


 「ヤらない?ヤれない?そーんなんじゃ意味ないじゃん!日本が大好きアンジョンファン!A、B、Cでやり直そうぜ!時代はもう来た。シャレもう飽きた?」


 早いテンポで高い音程が続く。流れる汗を吹き払ってボクは息を吸い込む。


 「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」

 「(ヤらない?ヤれない?)そーんなんじゃ意味ないじゃん!とっても大好きあん、アン、an!A、B、Cでもっかいスタンバイ!時代はもう来た。そうさ、僕達!」


 「「「下半身がとまらなーーーい!!!」」」


 ボク等3人が拳を振り上げてコーラスを決めると「下半身が止マラない」というノンストップ高速スライダー系殺人BPMソングは電光石火で向陽高校軽音楽部室に舞い降りた。


 扉の影から見つめていたマッスファンらしき女の子3人がひそひそ会話しだす。 「やだー」「鱒浦君ってあいつと同レベルの人間だったんだ...」「だねー」


 「ちょ、ちょっと!違うんだ!」ボクは女の子を追おうとするマッスの肩を叩いて無言で首を横に振った。「畜生。次の曲行くぞ」


 「よし!あの人のことが頭をよぎって眠れない時、ムラムラしてる時。そんな時はこの曲で一緒に気持ちよくナロウゼ!『あずにゃんの声でイこうよー』!!」


 「い や だ ー ! ! !」涙声でマッスはピックを振り下ろしていた。



 ボクらが持ち歌を全曲演奏し終わる頃あたりはすっかり暗くなっていた。「そろそろ帰ろうか」「ダネー」ボクらは機材の片付けに入った。


 あつし君が思いついたように言った。「そうだ!夏休みの間、ずっとこの教室で練習しようよ!その方がスタジオ代かからなくて済むし!」


 テンションの上がるあつし君をみて「いや、それはダメだ」とマッスが首を振った。ボクは窓を閉めるとあつし君にこう言った。


 「この教室は現時点で青木田達のモンだろ。なんかヤンキーのおさがりの『中古の女』を抱かされてるみたいでイヤなんだよね」

 「どーていのクセによく言うわ」


 マッスがボクを見て笑う。無視してボクは続けた。


 「この部屋を次に使うのは退院した青木田達がボクらに敗北宣言をしてからだ!それまでずっと処女ってな!出し入れ大好きヤリマン教室ちゃんよ!」


 そう言うとボクは椅子の下に置いてあったハイライトをくわえ、たばこに火を付けた。「兄弟、契りを交わそうぜ」2人にたばこを勧めるとあつし君がテンパる。 「あれ?火がつかないぞ?」「バーカ。吸いながらじゃなきゃ着かねーよ」マッスに吸い方を教わるとあつし君が満足げに煙を吐き出した。


 「よーし!次のライブに向けて、前進あるのみ!バイブレーション!世界にT-Massの存在を知らしめてやろうぜ!」


 T-Massのメンバーがおーぅ、と拳を上げると廊下の電気が切れたのでボクらは学校を後にした。次の日学校で謎のボヤがあったらしい。


 どうせどっかの童貞まるだしのインテリヤンキー達の仕業だろう。疲れた。シコって寝る。


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