Track-2 理想とは程遠い息子

 「キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、ハァァアア~ウ!!」


 謹慎8日目。ボクはインドの国民的スポーツ、カバディのリズムでちんこを擦りあげていた。っくぅ。フィニッシュが近い。


 「洋一、はいるわよ~」


 オカンが部屋のドアをノックするのが聞こえる。ボクはベッドの上でブリッジ型に反り返ると「どうぞ。マイマザー」と返事を返した。


 がちゃ。ドアが開くとおかんの顔目がけてボクは精一杯精液を吐き出した。「オゥ!プレゼント!ふぉーゆー!」


 精子まみれの顔を母がエプロンで拭う。「ロッカーは母親犯してナンボだもんな!練馬ザファッカー!メーン!!」ボクがベッドの上でポーズをキメているとマッマの様子がおかしい。


 「神様。こんな馬鹿な子を殺すことをお許しください」そう呟くと母は背中に隠していた包丁をボクに突きつけた。ボクの息子は瞬時に体内に引っ込んだ。


 「わ、わかった!なんでも言うことを聞くから!ママ!何が欲しい?!」


 半泣きでボクが聞くとおかんは包丁を畳に突きつけ、にこりと笑った。


 「働いてちょうだい」「えっ?」声を裏返すと母は続けた。


 「あんた今回の停学で5週間まるまる出席してないことになるでしょ。どう考えても留年は免れないわ。お父さんも仕事見つからないみたいだしウチはあんたが働くしかないのよ」


 ボクはパンツを穿きながら母に言った。


 「働くわけねぇじゃん。労働なんてカスのすること。バンドで一発あてるから問題ねぇよ」


 ザン!母が包丁を引き抜く。「わかった!わかった!!働けば良いんでしょ!額に汗してマジメに勤労に勤しみますよ!」


 「その言葉、信じていいんだな?」「イエス!イエス!!イエース!!!」


 ボクの決意を聞くと母は包丁をケースにしまい、求人雑誌をベッドの上に置いた。


 「そうしてくれると助かるわ~。お給料が出たらおうちにいくらかお金入れてね。よーちゃん☆」


 そういい残すとおかんは部屋から出て行った。ふぅ。なんでこんなことになっちまったんだよ...これじゃおちおち引き篭もってオナニーもできやしない。母に刺されるのが先か、メジャーデビューするのが先か。胸糞悪いぜ。ボクは気分を変える為、求人雑誌の表紙のグラビア女で自慰を始めた。



 「しゃ、せ~い。しゃっせ~い」


 1週間後、ボクは近所の商店街にある「らーめん屋ひいらぎ」でアルバイトを始めた。「おい!テメーもっと腹から声だせや!」


 「は、はい!ずびばぜん!」

 「ほらまたお客さんだ。しゃ、さいませぇ~い」「いらっしゃいませー」

 「・・・・せぇ~」


 「口パクしてんじゃねぇ!しね!」豚の骨を砕くハンマーが飛んできた。ランチタイムは客が多い。


 「おい、注文まだかよ!」

 「あ、はい。みそひとつお願いしまーす」「ウチはみそやってないよ」「ウチは食券制だろうが!しね!」忙しすぎてリアルに目が回ってきた。


 キッチンの死角でガブガブと水を飲んでいると「おら、サボッてんじゃねーよ!しね!」と罵声が飛ぶ。この辺で登場人物を紹介しよう。


 さっきからボクにしぬように促しているのがアルバイトの先輩、一ノ瀬司いちのせつかさだ。エロゲーのヒロインのような名前だが短髪にオシャレなソリコミを入れ、食品業界だというのに左耳にピアスをじゃらじゃらつけている典型的DQN野郎だ。


 彼は主にスープの仕込み担当でダシをとったり寸胴をかき混ぜたりして一日中厨房の奥で仕事をしている。ガスコンロの真上には大きな音を出す換気扇が付いており、いくらしねしね言ってもお客さんには聞こえないシステムになっている。ボクはこういう計算だかい不良が一番嫌いだ。


 それにボクとひとつしか年が違わないのにすげぇ上からモノを言ってくる。殺したいランキング赤マル急上昇中だ。


 「おら、はやくどんぶりもってけよ!しね!」

 「あ、はい。わかったよ。...クソ...」「おい、いまてめぇタメ口使ったろ」


 「いえいえ!5番のテーブルのお姉さま、お待たせいたしました!」


 「ふん。調子のいいヤツめ」口ひげに手を当てて麺の湯切り時間をチェックするおっさんはこの店の店長、一ノ瀬鏡いちのせかがみだ。察しの通り、店長は司くんの父親だ。面接の時ボクがラーメンの味を褒めまくっていたら(もちろんこの店で食ったことはない)そのまま採用してくれたのだ。クソみたいな息子とは違いダンディーで包容力のあるナイスミドルだ。


 「...2時30分。やっと昼のピークが終わったところか」店長が壁の時計を眺める頃にはボクはすっかり汗だくになっていた。水を蛇口からくちびるダイレクトで飲んでいるボクを見て「もうバテてんのかよ。ほんっ、と使えねーな」と司くんが毒を吐く。うるせぇ。てめぇはスープにバルサミコ酢でも混ぜてろや!ボクが心の中でディスっていると見覚えのある3人が店に入ってきた。


 「お、ティラノほんとに働いてんじゃん」

 「ティラノくん、ひさしぶり~元気~?」

 「へぇ、結構本格的な店じゃん」


 あつし君、幼なじみの坂田三月さん、マッスが食券を買いテーブルに座る。ボクが注文を受けにいくとみんながボクを見て笑ったのでボクも笑みを返した。


 仕事中に友達とあうと安心する。この世界ではお前達だけが味方だぜ。


 「作務衣さむえ、似合ってんじゃん」あつし君がボクの格好を見て言う。

 「おうよ。おじょうさん、注文は何にいたしましょ?」

 「ニンニクアブラカラメヤサイマシマシで!」


 三月さんの冗談を聞いて店長が含み笑いをする。ボクは3人から食券を受け取ると


 「しょうゆ1丁、麺かため。とんこつ1丁粉落とし、ギョー定1つお願いします!」と力強く店長にオーダーした。

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