Track-16 もに☆すた

 「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」


 マジメな歌詞に観客が静まり返る。遠くにいた三月さんが近づいてくるのが見えた。この曲はミスドでマッスに「ちゃんとした曲作ってこいよ」

と言われ苦心して作った曲だ。弦の表面を左手で押さえながらボクは歌った。


 「差し込む日差しが孤独を照らすけど~」客が上下に、静かに頭を振り始める。


 「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」


 恥ずかしいだろ?言っちゃってイイよ。キモイって。でもラブソングの歌詞って大概こんなんじゃん?それにメロディに乗っかると自然と普通に言えちゃうんだよな。あ、ちなみに今の所がこの曲のサビです。「うゥ~」ボクが呻き、間奏が始まるとマッスのベースソロが始まった。


 デュデュデュデュ~デュデュデュデュディ、デュデュデュッデュ、デュ。文章に起こすとこんな感じ。仕方ないだろ。ベース詳しくないんだから。


 女どもがフゥー、と溜声を漏らす。いかれたメンバーを紹介するぜ。


 コイツが T-Massのベーシストでボクの親友でイケメンでチャラチャラしてて海賊王になるのが夢で奈美という女の子に告白して家で初体験に及んだところ一部始終を親に見られ勃起不全になり小学生の遠足の時にバスに酔ってゲロ吐いてゲロゲロけろっぴというあだ名をつけられ友達に誘われて始めたミニバスで他校のガキ大将に右腕を折られて辞めて中学の時卓球部に入ったけど練習が地味にきつかったのでまたドロップアウトし最終的に敵のいない放送部で自分の好きな曲をお昼の校内放送で好き勝手に流していた鱒浦翔哉だ!


 間奏が終わるともう一度、サビをボクは歌い始めた。


 「わずかに残るキミの髪の匂い~ 思い出そうともわからない 雨のように打ち付けていく。そばにいてよ~もうすぐキミを抱きしめる~」


 観客から小さく歓声があがる。次はボクのギターソロパートだ。しかしボクはピックを客に投げ込みドラムを指差した。


 演奏がドラムとベースのリズム隊だけになる。あつし君のボクの意図を汲んだのか彼なりに派手に(しかし地味だったが)勇ましくドラムを叩き始めた。


 ドン!どがらったん!ドスン!ババスン、スタンスタン、じゃらじゃらじゃらじゃーん。文章に起こすt)ry ギターソロが弾けなかったわけじゃない。あつし君とは青木田集団に対する復讐がきっかけで出会った。でもいま彼はこのステージで鈍く輝き、自分の居場所を証明している。この表現、すこし、バンプっぽくて良くないスか?読者がウザく感じていることを悟り飯ボクはエフェクターを踏み込んだ。


 「紙くず、ゴムきれ、スポンジの筒。幻想(りそう)は右手で具現化(うつしだ)して~」


 察しの良い読者ならもうすでにお分かりだろう。この「 Moning Stand 」という曲は「朝勃ち」の歌だ。オレはこの曲を「もに☆すた」と呼んでる。


 「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」

 「(わずかに残る)キミの髪の匂い~ 思い出そうともわからない 雨のように打ち付けていく。そばにいてよ~もうすぐキミを抱きしめる~」


 最後のサビを歌い終わるとわぁー、と歓声が巻き上がった。アウトロでベースが鳴り止み、ドラムが止まるとボクのギターのアルペジオで名バラードは呼吸をし終えた。


 「かっけー!」「ちゃんとした曲、できんじゃん!」冥砂を始めとしたギャル達が手を繋いで飛び跳ねる。


 「しっとりした曲でいいんじゃないですか、中で。へへ」夏木安太郎も意味不明に鼻をすする。でも、なんかものたりねぇんだよなぁ。


 ボクはギターをスタッフに手渡すと拍手が鳴る中、別れの挨拶をした。


「え~どうも、すみませんでした。T-Massでした!」観客からよかったよ~と声が飛ぶ。「唐突ですが、」ボクはマイクを握った。


 「いまから、ここでうんこします」そう言うとボクは観客にケツを向けキバみ始めた。「おい、やめろ!」「バカじゃねぇの、お前!」


 観客が大いに盛り上がる。これが見たかったんだろ、といわんばかりにボクは腹に力を入れた。ぶりぃうりゅ。軟便がステージの上に生まれ落ちる。


 「もう、いい加減にして!」三月さんが銀テープのようにトイレットペーパーをステージに投げ入れる。マッスとあつし君がボクに近づいて来て耳打ち。


 「なぁ、お前、本当、止めてくれ」

 「女にモテたいとか言ってたヤツが脱糞とかありかよ」ボクは野球のCSで打たれた大物ピッチャーのようにリズム隊2人に抱えられてステージを後にした。退場のSE、中居正広の歌う「トイレットペッパーマン」がグラウンドに雄大に響き渡っていた。

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