安河評議
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『――しかし、現実の問題としてどうするというのだ。
建御雷殿がここを動けぬのでは、こちらから打って出られる戦力は限られる。
ここの防備を固めねばならぬのなら尚更だ』
『やはり、加賀瀬美佳を広告塔に利用すべきなのでは?
あれが起てば国津神どもも重い腰を上げよう』
『そうですわ。
殿方なんて、みんな
『・・・・・・』
『再三申しておるように、加賀瀬美佳を起用するのは危険であろう。
ルシファーが何らかの爆弾を仕掛けている可能性がある』
『それもあるし、それで加賀瀬美佳がまた戦勝を挙げた場合、今度はルシファーが利権を主張してくるやも知れぬ。
下手をすれば加賀瀬美佳当人を寄越せと言い出しかねん。
そうなったら厄介だ』
『目の前の脅威に対して総力を挙げねばならぬ時に、戦勝後のことを危うんでどうする?』
『そうですわよ。
女子を他所の殿方に取られるのを恐れて二の足踏むなど、ちょっと情けないのではなくて?』
『そなたは少し黙っておれ!』
『・・・・・・』
『しかし、ルシファーが加賀瀬美佳の力を適度に引き出してくれたのは好機とも取れる。
それならば、アガレスめらとぶつけてもすぐに潰れるということはあるまい。
戦力としても、広告塔としても絶妙のはずだ。
利用しない手はない』
『・・・そなたの言い草は、まるでルシファーの行いを正当化したがっているように聞こえるが?』
『いや、そういうわけではなく・・・』
『適度というのはあくまで建御雷殿の見立てだ。本当に
『むしろ引き出し過ぎていた時の方が危うい。仮にアガレスを倒せたとしても、今度逆流現象が起きれば・・・』
『・・・・・・』
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『もうずっと、あのような調子です』
「う~~~ん・・・」
先ほど通ってきた、暗い廊下の一角。
その暗闇に浮かぶ
『典型的な「会議は踊る、されど進まず」ねえ』
俺の隣で覗き込んでいたゴモリーが、呆れたようにため息をつく。
「・・・・・・わたしの名前が挙がりまくってて、ちょっと恥ずかしい・・・・・・」
大部屋はやはり畳敷で、中央には部屋の面積の半分以上を占めるであろう巨大な円卓が配されている。
そして、その円卓を取り囲むように、十名ほどの人間が――いや、人間ではないのだろうが――畳の上に直に腰を降ろして論議を交わしていた。
会議の参加者たちの身なりはさまざまで、武葉槌と同じく神社装束に身を包んでいる者もいれば、普通の背広姿の者、自衛隊のお偉いさんっぽい服装の者もいる。
やはりみな、おおよそ現代的な出で立ちだ。
・・・約一名、場違いにだらしなく着物を着崩してあぐらをかいている女がいるが・・・。
まあ、俺の関知するところじゃない。
「やっぱり、俺らが割って入るのは場違いなんじゃ・・・?」
『渦中の人がここにいるのに、場違いも何もないでしょう。
・・・というか、多分もう気づかれてるわ』
「え・・・?」
淡々とそうこぼしたゴモリーへ、俺ははっと振り向く。
『でなければ、部外者のわたしたちが会議の様子を一方的に盗み見するなんてさすがにムリよ。
・・・そういうことですわね?武葉槌殿』
『ええ・・・』
『・・・―――武葉槌殿。
そこにおられるのだろう』
と。
そのゴモリーの言葉を証明するかのように、円卓に座していた背広姿の男性が不意に武葉槌の名を呼んだ。
『入られよ。
みな、焦れていたところだ』
『は・・・』
・・・議論に熱中していてこちらなどまるで意識していたようには見えなかったが、ゴモリーの言葉通りこちらが覗き見していたのは筒抜けだったらしい。
武葉槌の先導で廊下を曲がると、そこにはやはり暗闇に浮かぶ襖があった。
武葉槌がそれを開け放すと、その先は今しがたの会議室。
円卓を囲む二十余りの瞳が、一斉にこちらへと向けられる。
「・・・・・・・・・・・・」
武葉槌の後について、少し・・・いや、かなり気後れした気分で部屋に入ると、二十余りの視線もまた、俺たちを追ってくる。
『・・・・・・・・・・・・』
・・・いや、少し違う。
視線が向けられているのは、俺『たち』じゃない。
美佳だ。
それらの視線は全て、俺のすぐ後ろについている美佳一人だけに傾注していた。
『・・・
『国津どもとの調整が難航しているようだ。
地脈に直接打撃を受ける恐れがあるゆえ、要請に難色を示す者が多いらしい』
『地に根差すからこそ撃って出るべきであろうに・・・不甲斐ないことだ』
『わたくしの主人は、いつでも馳せ参じると申しておりますわよ?』
『・・・猿田彦殿は確かに心強いが、彼だけでは・・・』
・・・紹介に入るのかと思いきや、またもや紛糾し始めてしまった。
『・・・ならばことさらに、ここに参った者たちが我らの光明となるやも知れません』
『・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・・・・』
『皆々方はすでにご存知でありましょうが、ここに控えたる者たちこそは
あのアインを討ち果たし、蛮行に逸る
そして
『そうだな。
・・・そして、いずれもルシファーの息がかかっている』
「!」
と、そこで。
自衛隊服姿の男性が、冷ややかな声で武葉槌の紹介を遮った。
『武葉槌殿。
貴殿は一番分かっているはずだがな。
天津甕星の因子を野放しにすれば、どうなるか・・・』
『ええ、よく存じています。
ですから・・・』
『ですから?
その力を体よく利用しようと?』
『・・・』
武葉槌は口元を結んで、俺と美佳に目配せしてきた。
「・・・あの、俺も美佳も、利用されることに関しては納得ずくでここに来ています。
でもそれは、誰かに言いくるめられたとかじゃなくて・・・」
『それは嘘だな』
自衛隊服の男は、やはり冷ややかな声で俺の言葉を遮る。
『・・・少年。
君はここに来るまでに、少なからずルシファーやその手の者たちに言い含められてきているはずだ。
今の己の意志が、それに全く影響されていないと?』
「いや、そうかも知れませんけど、それは別に問題じゃ・・・」
『問題ならば大有りだ。
君も多少は身をもって知っているだろうが、人と神魔とではその
仮に君たちの決断が正しい結果をもたらしたとして、それがルシファーの影響を強く受けたものであったなら、ルシファーはそれだけで我らに口出ししてくる権利を得てしまう』
『そんなこと言っている場合じゃないでしょう?
明日にでも京都を大地震が襲うかも知れないのよ?』
『ゴモリー公。
この場において貴女の言葉に重きを置くことはできない』
『・・・』
『そもそもこれらの前提は、アガレスら残党どもの
状況証拠的には、それすらも疑わしい』
『・・・!
それは侮辱というものでしょう!』
『己や己の主が置かれた状況を、客観的に鑑みてみたまえ。
誰だって疑う。
むしろ、ルシファーが黒幕であると仮定した方が自然だと思うがね』
『・・・・・・!!』
・・・残念だが、これに関してはこの
ゴモリーがホテルから姿を消し、その翌日の今日に地震が起こるまでの流れは
ルシファーが裏で糸を引いていたと考えた方がしっくり来てしまうのだ。
またそうでなかったとしても、アガレスらの暗躍まで含めてこの状況を利用しようとしている節がある以上
全く的外れな疑念とも言えないだろう。
・・・やはり、俺たちがルシファーの言うことを聞いたのは軽率だったのだろうか。
『言いたくはないが、貴女が地震を察知したことすら懐疑の目で見る者はいるのだ』
『・・・・・・。
わたしが、残党と繋がっているおかげで地震を察知する「ふり」ができた、と・・・?』
「!」
『そこまでは言わないが、貴女がそう動くよう、貴女の主が仕向けた可能性は誰しも疑うところだ。
貴女自身に自覚があるか否かはあまり問題ではない』
『・・・・・・』
『事実今の状況、ルシファーの息がかかったものにみなの注目が集まりつつある。
癪だが、あの魔王の目論見通りに動くのが最も手堅いのだろう。
・・・だからこそ、我らは安易に決断を下せないでいる』
「・・・」
『加賀瀬美佳が我らの旗印となってアガレスら相手に戦果を上げれば、最も笑うのはルシファーだ。
・・・我らは窮している。他の選択肢は現実的ではない。
しかしルシファーが噛んでいる場合、だからこそ安易にその選択肢にすがることはできん。
ルシファーはそういう策謀をやるし、できる男だ。
これに関しては下僕である貴女も異論はあるまい』
『・・・』
「・・・ちょっと納得いかないんですけど、なんでそれでルシファーが最も笑うことになるんです?
身内の離反者を
『我らの法的には、アガレスよりも美佳さんの方がルシファーに近いからです。
・・・不本意ながら』
俺が自衛官風の男に投げ掛けた問いに対し、武葉槌が代わりに答えを返してきた。
「え・・・」
『美佳さんは・・・あまり我らの口から認めてはいけないのですが、ルシファーの縁者にあたります。
その美佳さんを旗印にして日本の脅威を排除すると、ルシファーは「身内の不始末」よりも「縁者の功績」の方が大きく見られる可能性が高い』
「でもアインの時は・・・」
『アインとの決闘時の美佳さんは、事情を知らないがゆえに純粋な「大和の子」として扱えました。
しかし今の美佳さんはルシファーに啓発を受けている。
「・・・」
『・・・ただ、この期に及んではもはや、かようなことを言っていられるような状況ではないはずですが・・・』
『だからこそ、だ。
そういう状況に追い込んで選択肢を手折るのがルシファーの目論見だろう』
『彼は、宿魂石の所有権をいつでも主張してくる恐れがあります。
逆に言えば、彼自身が本気で甕星の
『宿魂石を預かる貴殿がそれを言うのか?』
『預かるからこそ、です。
・・・
私は甕星の眠りを預かる者として、その依り代たる加賀瀬美佳を正しく運用する責があります』
「・・・」
美佳を『運用』する・・・なんて、本来なら腹を立てるべき表現のはずなんだが、この状況で武葉槌にそう言われると、不思議と心強く感じられた。
『責というのなら、加賀瀬美佳がルシファーと接触することを防ぐことこそ貴殿の責ではなかったのかね』
『加賀瀬美佳とルシファーの接触に関しては、事実上の黙認だと捉えております。
さもなくば、建御雷殿の現場の判断に一任するというのは不合理でしょう。
・・・みな、内心ではルシファーの助勢が肝要だと認めているからこそ、建御雷殿に重責を押し付けるがごとき看過をなされたのでは?』
『我らが、建御雷殿を陥れているとでも・・・』
『まあまあ、殿方、少し落ち着いて下さいませ。
当人を置き去りにして、殿方同士だけで熱くなられるというのは不粋でありましょう』
と。
先ほどのだらしない着こなしの女性が、武葉槌とヤハタと呼ばれた男との間に割って入ってきた。
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