『厄介』(後)


《・・・三年前の初春の頃、わしは蛭子ヒルコ殿や経津主フツヌシ・・・他多くの神々と共に、茨城沿岸にて希伯来へぶらいの侵略者どもと戦った》

「ああ。

 ・・・何度も聞いたよ」

《結果的に何柱かの魔神の上陸を許したものの、戦自体は我らの勝利で終わり

 大半の魔神どもを撃退することに成功した》

「それも聞いた。

 あんた戦いの神様だから、さぞ活躍したんだろ?」

《・・・・・・・・・・・・》


と。

なぜか突然、そこでタケミカヅチは黙りこくってしまった。


「・・・?

 おい、タケミカヅチ?」

《・・・いや・・・。

 恥ずかしい話だが、その戦の際、わしはある魔神に終始釘付けとなってしまっていた。

 ・・・お陰で、戦局全体の音頭は他の武神たちに任せっきりでな》

「・・・そうなのか?」

《うむ・・・。

 ・・・しかし、わしにはそやつから目を離せぬ理由があった。

 この大和の地に対する侵略者として見た場合、そやつの持つ力が非常に危険だったからだ》

「・・・・・・」

《そしてその力は、わしが抑えるべき・・・いや、わしでなければ抑えられぬ力であった。

 ・・・戦端が開かれてからほぼ終わり際まで、わしとそやつは渡り合っていたが・・・。

 最終的にはわしが制した》

「制した。

 ・・・が、逃げられた・・・か?」

「!!」

《・・・・・・・・・・・・》


・・・ふたたび、電話の向こうで沈黙が流れた。


「今その話をするってことは、つまりそういうことなんだろ?

 ・・・タケミカヅチ。

 その残党の中に、そいつがいる可能性が高い・・・ってことだよな?」

「・・・」

《うむ・・・》


タケミカヅチの返答が、電話の向こうから重々しく響く。


「しかし、なぜ今になってだ?

 そんな危険な力を持っていたなら、この三年で何かしら事を起こしていたはずなんじゃないのか?」

《事を起こしたくとも、できなかったのだ。

 逃したとは言え、戦いを制したことには変わりないのでな。

 打ち倒した際、力を封じて無力化した。

 ・・・今のそやつは、ただの人間となんら変わらぬ》

「そこまでしといて、それでも逃げられたのか?」

《サルガタナスだ。

 ・・・あの魔神が得意とする隠匿と転移の力で、捕縛寸前であったそやつを大和の地のいずこかへと逃がしたのだ》

「・・・またあいつかよ」


ある意味で、アンドラスやアインよりもよっぽど面倒な奴だという印象があった。

対峙した際、状況次第では譲歩するようなことを言ってはいたが

それが逆に曲者っぽさを感じさせたからだ。


「でも奴らにとって、力を封じられた仲間をそうまでして上陸させる意味なんてあったのか?」

《それほど、そやつの力は大和にとっては危険なものということだ。

 奴らの一連の侵略行為はあまり統率性の高いものではないが、当初のサルガタナスは侵略全体の監督をしている節があった。

 封印を解く手段を探して、そやつの力を切り札とするつもりだったのであろう》

「・・・そのサルガタナスの動向は掴めているのか?

 あいつはあからさまにルシファー派っぽかったけど・・・」


アンドラスの言葉を信じるなら、そもそもアインの背信が露呈したのはサルガタナスがアンドラスに働きかけたからであって

そういう意味でもサルガタナスがアインと同派閥とは考えづらかった。

まあ、あの連中の言葉を額面通りに受け取ってもいいものかは怪しかったが。


《表向きは退去したことになっておる》

「・・・『表向きは』?」

《なにしろ、ああいう性質の魔神であるゆえな。

 逃げたふりをして、実はまだこの地に隠れ潜んでいる・・・という可能性も、なくはない》

「・・・その『表向き』って、どうやって調べたんだ?

 サルガタナス本人が、帰ります、って自己申告してきたのか?」

《ゴモリーの報告だ。

 滞在者の管理を彼女に一任する際、同時に退去者も調査させ、報告を命じた。

 ・・・最も、ゴモリーはゴモリーで把握しきれていないと言い張っているゆえ、不明な者も多いがな》

「その最たるものが、残党・・・か」


残党があのアンドラス以上に好戦的で、かつルシファーに対して二心があるというのならば

ゴモリーのような悪魔とは決して相容れないスタンスなんだろう。

彼女に対して活動を隠蔽してたとしても不思議じゃない。


だが・・・。


「・・・つーかさ、『言い張っている』って

 まるでゴモリーがウソをついている前提みたいな言い草だな」

《・・・》

「そりゃ、悪魔は悪魔だけどさ。

 でも、そんなにあの悪魔ひとって信用できないもんか?」

「・・・・・・」


・・・視界の隅で美佳がムスっとした表情を浮かべた気がしたが、俺はあえて気づかないフリをした。


《・・・索よ。

 あの魔神めがそなたと加賀瀬美佳のことを気に入っているというのは、紛れもなく事実であろう。

 ・・・・・・が、それだけだ》

「・・・」

《分けて考えねばならぬ。

 何が目的の最たるものか。

 あの魔神の行動原理は、どこまで行ってもあくまで『魔王のため』だ。

 方法論を選んでいるように見えるからといって、それで信を置けるということにはならぬ》

「・・・それに関しては、あんたらだって似たようなもんだろう」

「・・・」


言いながら、俺は美佳の方へちらと目配せする。


《我らのことを信じろとは言わぬ。

 ・・・だが、ゴモリーを無防備に懐に入れることはするな。

 友人として接するのは止めぬが、常に一線を引け》

「・・・・・・」


・・・タケミカヅチは忠告のつもりで言ってくれているんだろうが、正直イラっときた。

交友関係で口出しされる筋合いなんかないし。


しかし、無防備に信頼していい相手でないというのは、今しがた起こった異変が裏打ちしていることでもあった。



・・・やはり、言うべきなんだろう。



「・・・あのさ、タケミカヅチ。

 実はその魔神サマ、俺らにひっついて修学旅行に同伴しちゃってるんだけど」

《・・・ぬ?》


やはり把握していないか。

明らかに薮蛇になりそうだが、さすがにさっきの話を聞いた上ではだんまりしているわけにもいかなかった。


《・・・彼女は二学年に紛れ込んでおるはずであろう》

「なんか、お仲間に人間の認識をいじれる奴がいて、そいつの力で『後森綾は一年C組の生徒だ』ってクラス単位で思い込ませたらしい」

《・・・・・・。

 ガープか・・・》


『ガープ』というのはゴモリーの口からも聞いた覚えがある名だ。

やはりというか、ゴモリーの同胞だという悪魔の名と見て間違いないだろう。


「で、こっからが問題なんだけどさ。

 つい一時間ほど前から、そのゴモリーの姿が見えないんだよ」

《!》

「それだけなら別になんとも思わないんだけど、どうも姿を消す際に認識改竄の術を解除したみたいで

 クラスメートが誰も、ゴモリー・・・つーか、後森綾のことを覚えていない。

 確認して回ったわけじゃないが、おそらく・・・少なくともC組に関しては、全員が覚えていないだろう」

《・・・・・・・・・・・・》


電話の向こうのタケミカヅチはただ黙って俺の話を聞いていたが、その沈黙にはどこか重苦しいものも感じた。


「・・・正直さ、今の話、あんたにはあんまし知らせたくなかったんだよ。・・・理由は分かるだろ?

 だから、最初は黙ってた。

 でも・・・」

《・・・分かった。

 そなたらはそのまま、旅を楽しむがよい》

「!」

「・・・!」


少し意外な返答に、俺・・・と美佳は、少しぎょっとして顔を見合わせた。


「・・・いいのか?

 だって・・・」

《『いいのか?』とは異なことを申すのだな。

 わしが巻き込む素振りを見せたら拒絶すると言ってきたのは、そなたの方であろう》

「いやっ、そうだけど・・・」

《心配せずともよい。約束は守る。

 何度も申したように、此度こたびの知らせは単なる注意喚起に過ぎぬ》

「だけど、それでまかり通るのか?

 このタイミングで京都に不穏な動きがあるってことは、やっぱり美佳を狙っているんじゃ・・・」

《予断はできぬが、恐らく今の残党どもが主眼に置いているのは加賀瀬美佳ではない。

 我らの留守を狙うのであれば、わざわざ京で仕掛けてくる必要性が逆に薄いからな。

 ・・・細かい理屈は端折るが、宿魂石の中にある『もの』を狙っているなら

 地理的にも物理的にも、茨城で仕掛けてくる方が合理的なはずだ》

「・・・そういうものか」

《それに、残党どもが正規の主戦派以上に好戦的だったとしても

 もはや加賀瀬美佳やそなたに直接危害を及ぼすのは難しいであろう》

「俺らが決闘裁判で主戦派を制したからか?」

《左様。

 ・・・奴らには現状、大義がない。

 ルシファーへの背信者と見なされつつあるのに、その上決闘を制した人間に危害を加えようものなら

 奴らに待っているのは法的な破滅だ。

 我らは無論のこと、ルシファー側も黙ってはおるまい》

「・・・でも、それは・・・。

 ・・・・・・」


と、俺が一瞬、言葉を濁したその時。


「・・・・・・それは、ゴモリーが残党の仲間でない場合のお話だよね?」

「っ!!」


・・・その濁した言葉を引き継ぐかのように、突然美佳が口を開いた。


「さっちゃん、ちょっと電話代わってくれるかな?」

「・・・・・・。

 ・・・ん」


そう言いながら手を伸ばしてきた美佳の眼差しはいつになく真剣で、

・・・それでいて、少し冷ややかなようにも見えた。


「・・・・・・もしもし。

 建御雷タケミカヅチ様ですか?

 ご無沙汰しています。加賀瀬美佳です」

《・・・うむ》

「・・・」


・・・神話上では天津甕星アマツミカボシとタケミカヅチは宿敵にあたるはずなんだが、それでもお前はへりくだって話すんだな。

まあ、美佳は天津甕星の生まれ変わりとしてと言うより、あくまで神社の娘として接しているんだろうけど。

あんまし実感も自覚もないみたいだし。


「・・・あの、今お話してくださった前提って、もし、仮に、万が一、ゴモリーが残党の仲間だったりしたら成立しないですよね?」

《・・・》

「誰だってそう考えると思うんです。

 ・・・あんな大がかりなサイミンジュツを使ってまで修学旅行についてきて、しかもその残党たちが集まってる京都でわざわざ姿を消すなんて。

 不自然すぎます」


・・・催眠術とは少し・・・いや、かなり違うと思うんだが。

まあ、今はそこは重要じゃない。


《・・・ゴモリーのことはひとまず忘れよ。

 忘れて、残りの旅を楽しむがよい》

「そんなわけにはいかないです。

 こんな状況で、気にしないでなんかいられません。

 ・・・建御雷様なら、むしろ後を追え、って言ってくれると思ったのに」

《・・・・・・》

「・・・」


まあ、正論だ。

ゴモリーの今までの挙動から言えば、彼女が残党と通じているというのはかなり考えづらい。

・・・が、わざわざ京都にまできて姿を消すなんて、誰だってその可能性を疑うだろう。


《気持ちは汲むが・・・加賀瀬美佳。

 彼奴きゃつらは現状、自分からはそなたらに手を出しづらい。

 ・・・が、そなたらの方から首を突っ込むと、それを口実に攻めの手を掛けてくる危険がある》

「・・・」

《『あくまで注意喚起』と再三申しておるのは、そういうことだ。

 そなたらの方から手を出さぬ限りは、危険が及ぶ可能性は低い。

 しかし自分から関わる姿勢を見せると、不可侵権を放棄したと見なされる可能性がある。

 だから先ほど『知らぬよりは知っておった方が良いという程度の話』と表したのだ》

「でもそれって、ゴモリーが残党と繋がってた場合の話ですよね?

 そうじゃないなら問題ないんじゃないですか?

 わたしとさっちゃんは、ただゴモリーを探したいだけなんですから」

「ちょっ・・・」


おい、こら!

勝手に俺の要望まで決めつけんな!


・・・まあ、間違ってはいないけど。


《それが現状では見極められぬから申しておるのだ。

 ・・・とにかく、現状でそなたらの方から希伯来へぶらいの者どもに関わって利することなど、何一つない。

 わしが言いたかったのは、そうした動きに巻き込まれぬよう、何かしら不穏な気配を察した場合は警戒し逃げよ、ということだけだ》

「・・・・・・」

《これより、わしと一部の天津神は合議を切り上げて京に向かう。

 今の彼奴らは寄る辺なき存在ゆえ、我らが直接武を振るうことも許されておるのでな。

 ・・・しょせん烏合の衆だ。武威に名高い我らが総力を挙げれば、殲滅など容易かろう》


以前は神魔同士で直接ぶつかるのはご法度みたいなことを言っていたはずだが、今の口ぶりからすると直接的な武力行使が認められたようだ。

おそらくは、完全にテロリストと認定されたのだろう。

俺らからしてみれば、もちろんそれに越したことはない。

だが・・・。


《ゴモリーのことは心配するな。

 真意がどうであれ、然るべき結果をもって遇するであろう》

「・・・・・・はい」

「・・・・・・・・・・・・」


―――然るべき、か。


明日、修学旅行二日目は京都市内の自由行動がメインイベントになっている。

今日と同じような要領を用いれば、行動にはかなり融通が利くだろうが・・・。


・・・・・・。



今の状況。

俺と美佳にとって、一体なにが『然るべき』行動なのだろう?

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