29.

 「その前に、ちょっと待っててくれるか。あかり、ちょっと来い」

 「私?……あぁもうちょっとそんなに強引に引っ張らないでよね、服が伸びる!」


 二人に決して話し声が聞こえないぐらいの距離をとる

 かといって二人を見失わないように見える位置にはいるが、二人のことはあかりに任せて俺は後ろを向く

 まさかないとは思うが口元でなにを言ってるのか感づかれないようにするためだ


 「…………なんであの子をこんなとこに連れてきた」

 「あの子って明美ちゃんのこと?」

 「当たり前だ」


 そう、俺が今知りたいのはなんであの子がここにいるのかだ

 確かに俺はあの子に謝りたかった

 一言でもいいからごめんって謝りたかった


 けどそれは俺の希望である


 あの子はまだ男を怖がってる

 俺に対してあまり恐怖心を抱いていないみたいだが他の人は違う

 歩いている間、隣からとてつもない程の不安が伝わってきていた

 特に男とすれ違うときにはすごく怖がっている


 まだあれがあってから日は経っていない

 その短い間に男恐怖症を克服しろという方が無謀だ


 「明美ちゃんが外に出ることが不安?」

 「そうだ、だってあの子はまだ男のことを怖がってる。その可能性があることは前にも話しただろ」


 あかりには全てを話している

 こいつなら絶対に喋らないという自信があったし俺自身があかりに頼りたかったからだ


 そんな事情を知っているのになぜあかりはあの子を外に連れ出した


 「はぁ…………明美ちゃんは私が無理やり呼んだんじゃない、明美ちゃんが自分の意思でここに来たのよ」

 「…………は?」

 「どうせあんたのことなんだからまた私が勝手に……とか思ってるんでしょ!でも今回は違う。明美ちゃんがどうしても会いたいって言うから連れてきてあげたの」

 「…………」

 「あの子は変わろうとしてるのよ。たった数日でまだ恐怖も冷え切ってないのに」


 そうだ、あれからまだ一週間も経ってない

 それなのに、あの子は早くも変わろうとしている

 古い自分を捨て、新しい自分に生まれ変わろうとしている


 「なんでか知らないけど直人のことは怖くないらしいの。たぶん助けられたからでしょうね」

 「でも、俺は……」

 「その罪悪感はいつまで抱え込んでるつもり。少しでも明美ちゃんを助けてあげることこそ、あんたが一番やらないといけないことでしょうが」

 「…………あぁ、そうだよな。なんか悪い、励ましてもらって」

 「気にしない、気にしない。ほら、明美ちゃんまた怖がってるよ。早く私たちも行くよ」


 あの子はすでに自分と向き合って前を向こうとしてる

 まだあんなに小さいのに頑張ってるんだ


 俺も見習わないとな

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