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持ってきた資料を基に、どういう本作りをしたいか二人で深く話し合った。腕時計はまだ二時間ほどしか進んでいないが、僕は二世紀分は話したつもりだ。
僕は何度もインスタントのようなコーヒーを頼みながら、編集の人は十五分くらいの感覚で温かいカフェオレなどをおかわりする。どうやら、ここのエアコンが身に染みているようだ。僕もエアコンは得意ではないが、外の景色を見ているだけで僕はエアコンに強くなれる。
「それはそうと、先生。今はお住まいを引っ越されたのですよね?」
「ええ、群馬の方に」
東京からは埼玉を挟んで離れた場所だ。とても遠い。直接会って打ち合わせをするのなら、そんなとこに住むのはベストじゃない。まるでサリンジャーのように世間から孤立するのは、僕はまだ早すぎるはずだ。そう信じている。
叔父の顔が目に浮かぶ。コーヒーが、よりまずくなった。
それは恐れか。それとも嫉妬か。好奇心か。熱望か。絶望か。向上心か。それとも、共感か。鈴野千香の幻影が現れても、僕は未だに館を離れる気配にはなれない。
「群馬ですか。それなら、わざわざ東京に来るのは不便じゃないですか? 何なら、こちらから出向いてもよかったですのに」
「いえいえ、これは僕の東京観光も兼ねてますのでお気遣いなく」
笑顔を作る。
作るのは簡単だ。表情は特に。
小説とは違い、表情は簡単に作れる。作る自体が得意だが、特に表情は簡単だ。簡単なんだ。
顔に命令をすればいい。笑顔をしろと。ただそれだけでいい。作り笑いは僕の最も得意とする技術だ。
いつもそうやって生きてきた。偽物の感情を顔に浮かべるのは、社会の中でとても重要な技術だと、幼い頃から知っていた。
学校ではいつも友達がいた。どんな子も、大抵は褒めれば勝手に木に登る。心の中では自分の方が勝ってると想いながらも、僕は顔では、口では、友達を褒めた。褒め続けた。ありもしない嘘を、偽物を口にした。
高校の頃は演劇部に入っていて、割と僕の演技は評判良かった。そのはずだ。昔から演技をし続けていたのだ。他の奴らとは経験が違う。
「群馬の、どの辺に住んでいるのですか」
「コンビニが珍しいほどの田舎ですよ。すごい山ばっかりのとこです。叔父が館を持っていたので、それを譲り受けたのです」
叔父という言葉を聞くと、編集の目が一瞬震えた。やっぱり、叔父のことを確かめたかったのか。
「ああ、僕。叔父が村先類字なんですよ」
「え、そ、それはすごい。村先類字と言えば、超有名作家じゃないですか」
編集の人はわざとらしく、演技をする。演技し過ぎた人にとって見れば、それはわざとらしく過ぎて、こちらを馬鹿にしているようにも見える。
アイスコーヒーをもう一度、口に付けた。
やっぱり、まずい。
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