35 雪山で一人になって全裸になる男
先生はこれからも弟子を取るのか。そしたら、私のように世話をしてくれる女性なのか。もしくは才能を見た小説家か。
「どちらにせよ。……小説家か」
先生は、小説が好き。……?
分からない。
小説が好きと言うより、それしか生きる手段がないというか。生きる術をそれしか知らないような気がする。先生は、小説がなければあまりにも貧弱で、脆弱で、何も出来ない人だ。生きる資格がない人だ。人の痛みを分かろうとしないで、土足で入り込んで、土足で踏みならして、土足で蹴ってきて、それでもお茶を出せと言ってお茶を出そうとしたらいつのまにか消えている。人の気もしらないで、その気にさせて、そのくせ何もしない。あの人は平然と本を読む人だ。そばに私がいても、平然と本を読むような人なんだ。
「あんなに書いて、それでも筆を折らないのだから好きなのかな」
あれだけ書けば、より多くの人の目に留まる。留まると、誰かからは褒められ、誰かからは貶される。これは自然の法則。絶対に万人に受けるものはない。世界的アーティストのビートルズでさえ、嫌いな人はいる。アガサ・クリスティでさえ、受け付けない人間はいる。
だから、絶対誰かに批難されることはあるんだ。
それでも、先生は筆を止めることなく毎日毎日毎日、毎日、書いている。
苦痛じゃないかと思う。一般人の感覚がまだ残っている私からすれば、先生がしている行為は自殺行為だ。私からすれば、あそこまで小説に没頭しているのは人間ではない。ただ活字のインクを増産させる機械でしかない。そう思う。
しかし、先生は筆を止めない。
小説家は己の魂を込めて書くと言っていたくせに、やっていることは工場で物を生産する機械だ。
あるときは知的でワガママな探偵を書き、あるときは恋愛に悩む乙女を書く。有象無象、千差万別、無限に近い想像の海で小説家は泳いで岸を目指し、あるときはそのまま海の中で溺れて溺死する。それをあの人は、私が生まれる前からずっと続けてきた。そんな姿に引いてしまう私を見ても関係ないとまだそれを続けている。
私には、到底、理解、出来ない。
理解出来ない。
出来ない。
無理。
分からない。
理解出来ない。
……本当に?
私は私が言ったことを思い出す。小説を買おうとしたとき、読むとき、私は勉強のためになりつつあると言わなかったか。言っていなかったか。
何故。何で。どうして。
私は小説家になるまでは、なろうとするまでは、小説はあくまで娯楽の一つで純粋に物語を楽しめていたはずなのに、何故どうして何故どうして。どうして? why。おい。why。おい。why。何でだ。
小説家になったから。
小説家になったから?
『それは、残念でしたね。おめでとう』
先生と、初めて会った日のことを思い出す。
私は、彼に出会ってまず感じたことは変な人。頭がおかしい人。
だって、いきなり最初に出会って、何を言うかと思えば『それは、残念でしたね。おめでとう』だ。何が残念なのか。しかもオマケみたいにおめでとうなんか言って。
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