第4話 04 先客の気配

 鬱蒼うっそうとした森をひらいて通したのであろう、病院へと続いている坂道。

 そこは、鉄パイプで組まれた車止めで厳重に封鎖され、傍らには『関係者以外立ち入り禁止』と『警備員巡回中・不審者を発見次第警察に通報します』の二枚の看板が立てられていた。


「車で行くのは無理だな。ドコかに停められる場所は、と……」


 周辺をゆっくり走っていると、非常駐車帯のようなスペースが見つかったので、慶太はそこに車を停めた。

 その間にも一台の車ともすれ違わず、車外に出ても遠くから響くバイクのエンジン音、それと虫の声しか聞こえてこない。


「おおぅ、もうそれっぽい雰囲気じゃね?」

「悪くないな……この、日常から全力で離れてます感」


 慶太と玲次は、兄弟で揃ってテンションを上げている。


「ねぇ、どうする? あの道の先さ、街灯一個もないよ?」

 

 佳織も彼氏に合わせようと割り切ったのか、状況を楽しみ始めている風だ。

 優希はどうだろう、と晃はそっと様子を窺ってみる。

 表情は若干硬いものの、ワリと平気そうに見えなくもない。


「じゃあ、お待ちかねの探検アイテムの配給だ」


 言いながらトランクを開けた慶太は、そこから人数分のライトを取り出した。

 玲次と晃にはオーソドックスな大型懐中電灯、佳織と優希には小型のマグライトが渡される。

 慶太が自分用に選んだのは、ゴツいデザインの高そうなフラッシュライトだ。


「何か、兄貴のヤツだけゴージャスなんだが」

「コレは元々俺が持ってた警棒にもなる軍用品、他のは昨日ホームセンターでまとめて買ってきたヤツだ。とは言っても、説明書通りのスペックだったら、それなりに使えるハズだぞ」


 四人はそれぞれに、ライトのスイッチを入れてみる。

 確かに慶太の言う通り、どれもそれなりの代物だったらしく、光量は申し分ない。

 ライトの性能に納得した一行は、慶太を先頭に先刻通り過ぎた車止めの前へと戻り、その脇を抜けて坂道を登っていく。

 森の木々にさえぎられた月光に代わり、五本の光がアスファルトで舗装された道を照らす。


 風で揺れる葉のざわめき。

 森に潜んだ鳥のはばたき。

 混ざり合う虫のささやき。

 人の営みと無関係に生み出された、無秩序な音の数々が闇に満ちている。


「んん、何だよアレ? 地蔵?」

「そうだな。誰かがちゃんと管理してるっぽい」


 玲次と慶太は、坂道を数分歩いた所で見つけた、地蔵らしき石仏がまつられたほこらを照らす。

 ライトで周囲の黒色から切り抜かれた石の顔は、足元に飾られた真新しい花々とのコントラストによって、中々の薄気味悪さをまとっていた。


「なんだろ……火事で死んだ人の慰霊で作ったとか?」

「それなら、もっと病院の近くに建てるんじゃないかな」


 佳織と優希はそんな会話を交わしていたが、おどろおどろしいシチュエーションが効き始めているのか、答える優希の声は少し上擦うわずっていた。

 それから更に二十分近く坂道を上り続け、汗でシャツの重みが増量されてきた頃。

 森の木が徐々にまばらになり、フェンスやコンクリの壁といった人工物が目立ち始める。


「そろそろ……ゴールかな?」

「んー、多分な」


 優希の問いに慶太が雑に答えた直後、道がY字に分岐している地点に出た。

 どうやら、他にも病院に通じているがあったらしい。

 道なりに坂を更に進んで行くと傾斜が緩くなり、やがて拓けた場所に出た。

 レール式の立派な鉄門があり、その先にはかつて警備員が常駐していたであろう詰所が見える。


 慶太が照らした壁には『医療法人 華星かせい会 灰谷はいたに病院』という文字が彫られた、金属製のプレートが嵌め込まれている。

 この程度の高さなら女の子でも大丈夫かな、などと考えながら晃が門を眺めていると、玲次に声をかけられた。


「兄貴、晃。ちょっと」


 入口周辺をバックに、並んでスマホで写真を撮っている佳織と優希を放置し、呼ばれた二人は玲次についていく。


「何だよ、玲次?」

「いやさ……あそこの」


 指差された方に目を向けると、来客用駐車場と思しきスペースの片隅に、黒いワゴンRが停められているのが確認できた。

 乗り捨てられて放置されているのではなく、現役で使用されている雰囲気だ。


「先客、か」

「別の道からだと、車でここまで来られたんだな」

「そんな道の情報はなかったぞ……病院に詳しい地元民かな」

「いやぁ兄貴、地元民がワザワザ来るかね?」


 慶太と玲次はそんな話をしつつ車の中を覗き込んだり、ナンバープレートを調べたりしている。

 出端でばなくじかれた感を味わいつつ、晃は二人に確認しておく。


「で、どうする?」

「んー、見たとこ手に負えなそうなゴリゴリのヤンキー仕様ってんでもないし、盗難車ってワケでもなさそうだから、遭遇しても危険性は低いな」


 慶太の言葉通り、外装からも危険な香りは漂って来ないし、車種も警戒心を呼び起こすタイプのそれではない。


「ま、トラブりそうになったら、そん時はそん時だ」


 玲次のザックリとした対処案に晃と慶太は頷くと、佳織と優希の話し声がする門の前まで戻った。


「どしたの?」

「あぁ、実は……ちょっと花摘みに」

「段取り悪! トイレなら、さっきのコンビニで行っときなよ」


 訊かれた晃は、佳織と優希に今見たワゴンRのことを話そうとしたが、慶太が口の前で指を立てて「黙っとけ」というジェスチャーをしているのが見えたので、適当に誤魔化しておいた。


「さて、と。じゃあ……行くぞ」


 ここからが本番、とでも言いたげに慶太は声のトーンを落とす。

 軽々と門を乗り越えた慶太に続き、晃も病院の敷地内へと入り込んだ。

 優希が少し手間取っているらしく、佳織と玲次が手を貸している。

 他のメンバーと離れた状態になったので、晃は気になったことを確認しておく。


「なぁ、ケイちゃん」

「んん?」

「さっき、どうして車の話すんの、止めたの」

「そりゃお前、先客がいるって聞いたユキちゃんに帰るってゴネられたら、そこで試合終了だし」

「……そうか。そうかもな」


 初対面から数時間だが、優希が揉め事や面倒事を極力避けたがるタイプなのは、晃にも理解できている。

 コンビニで話した時は、場の空気を壊さないように努力すると言っていたが、異常事態への耐久力は果てしなく低そうだ。

 そんなことを考えていると、門を乗り越えた三人が追いついて来た。


「掲示板の書き込み情報だと、B棟ってトコの通用口だか非常口から、出入りが可能なんだと。正面玄関から見ると、えーと……どっち側になるんだ?」


 慶太は地図か何かを用意してきたらしく、ポケットから四つ折のA4サイズの紙を取り出して、ライトを当てながら内容を確認している。

 覗き込んでみると、大雑把おおざっぱな見取り図と各種情報が書き込んである。

 ネットで拾ったネタを、自分なりに整頓して作ったのだろうか。


「あ、そのまま照らしといて」


 晃はスマホを取り出すと、その探検地図もどきを撮影しておく。

 ついでに、予想はしていたが完全に使用圏外になっている状態も把握した。


「流石に、電波は入らないか……」


 晃の呟きを耳にして、他の四人も自分のスマホをチェックする。


「ああ」

「ダメだぁ」

「まぁ、そうだわな」

「こっちも圏外」


 全員が使用不可能と判明した瞬間、晃は何とも言えない厭な予感に囚われる。

 他の皆の顔にも、程度の差はあっても不安感が浮かんでいる気がした。

 しかし、そのことを指摘しても妙な雰囲気になりそうだったので、特に何も言わずにおく。


 緩くカーブした道を抜けて、病院前の広い空間へと足を踏み入れる。

 かつては入院患者の目を楽しませる庭園だったであろうそこは、自由奔放に成長した植木や雑草と積もった枯葉――そして、それらに飲み込まれたベンチや石畳との粗雑なコラボによって、見る者を不安にさせずにいられない荒涼をたたえていた。


 そんな風景の先に、病院の本館らしきものが見えてくる。

 先程の慶太の語りからの印象で、他のメンバーは皆が巨大な建物を想像していたのだが、パッと見では一番高い部分でも三階程度までしかないようだ。

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