第2話 02 心霊スポット

 慶太の話が終わると、車内には複数の溜息が放たれた。

 晃も半ば無意識に顔の右側をさすりながら、短く太い息を吐く。

 どうせ既視感バリバリのありがち怪談だろうと油断していたら、思いがけないオリジナルネタ、という嬉しくない不意打ちだ。


「何なんですか、慶太さん……いきなり怖い話とか」

「ホントだよケイタ。いくら夏だからって、エンジンかかり過ぎでしょ」


 女性陣がクレームを申し立てるが、慶太の表情には反省の色がないどころか、ほんのりと喜色が浮かんでいる。


「そうは言っても、今夜のイベントを考えるとな。やっぱある程度、場を暖めとかないと」

「は? 何言ってんのケイタってば――」

「え? 夜景見に行くドライブじゃ――」

「第二十五回! ドッキドキ心霊スポット探検ツアァアアアアアッ!」

「イェア! あざらしショーもあるよ!」

「ねぇよ!」


 戸惑う佳織と優希を置き去りに、テンションを爆上げする慶太と玲次。

 そこにツッコミを入れながら、晃は今日の夕方からの流れを思い返す。

 いつものように玲次の部屋でゲームをしていると、そこに勢い良くドアを開けて慶太が入ってきた。


「おぅ! ヒマぶっこいてるか、お前ら?」

「だから、ドアは静かに開けろって毎回言ってんだろ、バカ兄貴!」

「細かいコトはどうでもいい。お前ら、今夜もヒマか?」

「も、って言うな。ヒマはヒマだけどさ……晃は?」

「特に用はないけど」


 晃と玲次の答えに、慶太は片手で小さくガッツポーズを作る。


「うし、じゃあ決まりだな。今夜は肝試しやんぞ。英語で言うとレバーテストだ」

「んん? 英語だと『テスト・オブ・カレッジ』とかじゃね?」

「そんな優等生的な答えは求めてねぇんだよ、晃! 俺が車出すから、お前らは四十秒で支度しな!」


 これもまた、いつも通りの流れだった。

 勢いと思い付きのみで何かやろうとする慶太に、晃と玲次が問答無用で巻き込まれるパターン。


「しかし兄貴、野郎三人で行く肝試しとか、罰ゲームに近い気がするが」

「そこは抜かりねぇよ。佳織と、その友達にも声をかけてある。何なら、真琴マコトちゃんも呼んでイイぞ」

「あの車に六人は流石にキツいだろ。大体マコは今、兵庫のバアちゃんとこ行ってていねぇし」


 慶太には佳織、玲次には真琴という恋人がいるのに、何で俺だけ独りなのか。

 そんなことを思って晃がテンションを下げていると、それを察知したのか慶太がズイッと顔を寄せてきてささやく。


「お客さん――今回呼んだカオリの友達のユキちゃんな、メガネで、巨乳で、背は低めで、髪はショートで、お前の二つ上になる女子大生のお姉さんだ。さて、何ストライク?」

「……エイトかな」

「投球数よりもストライクが先行してんぞ」


 慶太からの耳寄り情報を聞かされ、晃の気力は急速に回復する。


「それでケイちゃん、その子カワイイの?」

「そいつは会ってのお楽しみ袋だよ」

「袋……?」


 そんな胡乱うろんなやりとりを経て出発した三人は、途中で佳織と優希を拾って合流。

 現在は東京から北上して埼玉へと抜け、更に隣の県へと向かって車を走らせている、という状況だ。


 初対面の優希は、カーキ色のゆったりしたボタンシャツにジーンズという色気のないコーデと、メガネじゃなくコンタクトだったこともあって、晃が何となく想像していたおっとり系キャラとは印象が違っていたが、美人であるのは想像――というか願望通り。

 普通車の後部座席に晃・玲次・優希の三人が詰め込まれた状態は、物理的には席が近いのを通り越してほぼ密着で、優希はかなり居心地が悪そうだ。


 それを和らげようと、色々と優希に話を振ってみる晃だったが、慶太の止め処ない馬鹿話に妨害されてイマイチ盛り上がらない。

 そんなタイミングで慶太の怪談が唐突に始まり、その終了と共に真のイベント内容の発表へと至ったのだった。


「えぇー、ちょっと、心霊スポットって……オバケとか出るやつ?」

「そうそう、その心霊スポット」


 運転席と助手席で、何だか分からない会話が行き交う。


「あのぅ、慶太さん……私、ホラーっぽいのとか、ちょっと苦手なんですけど」

「まぁまぁユキちゃん。夏と言えば怪談、怪談と言えば心霊スポット……じゃあレイジ、心霊スポットと言えば?」

「きもだめし……きもだめしと言えば、岐阜県の黄萌田きもだ町に伝わる郷土料理で、ココナッツミルクで炊いたもち米と、半冷凍で混ぜ込まれたサバのシャキシャキした歯応えが特徴」

「地名の段階から創作されてる創作料理じゃねぇか!」


 慶太のフリを受けた玲次のデタラメな返しに晃は笑うが、佳織はちょっと引き攣った笑いを、そして優希は強張った表情を浮かべている。


「そんな心配しなくて大丈夫だって。何か出たとしても、コッチは屈強な男が三人もいるし」

「おう」


 格闘技をやっていた慶太と玲次はともかく、自分はどうだろう――と思いつつ、晃も不安げな優希に重々しくうなずいてみせる。


「でも……」

「大丈夫大丈夫、幽霊出たら逃げる、危なそうなヤツがいても逃げる、それで何も問題ナシだよユキちゃん」

「危なそうって、悪霊とかそういう?」

「いや、そういうトコって時々、イキッたヤンキーみたいなのがウロついてること、あるから。そんなんいたら、トラブルになる前に即撤退で」


 眉根を寄せたイヤそうな表情が崩れない優希に対して、慶太はいつもより早口気味に安全性をアピールしている。

 そんな慶太の左肩を、助手席の佳織がポスッと軽く正拳で突く。


「えー、ぶっ飛ばしちゃいなよ」

「それでもいいけど、そんな連中とケンカして怪我させて、こっちが逮捕されたりなんかしたら、ちょっと馬鹿馬鹿しすぎるだろ」

「あー……確かに」


 いつの間にか慶太と佳織の話になり、優希の心配はスルーされている形だ。

 それに気付いた晃は、点数稼ぎの意味も含めてフォローに回っておく。


「あの、ケイちゃんも言ってるけど、ヤバそうならすぐ引きあげるし、そんな深刻にならなくても」

「うん、それはそうなんだけど……」

「ひょっとして、霊感があったりとか、そういう?」

「ううん、別にそういうのじゃなくて……昔から幽霊とか、あんまり好きじゃないの」

「なるほど。でもアレじゃないかな、心霊スポットなんて基本的に『それっぽい』だけで、実際に何かあるとかは――」

「いやいや。あそこな、マジであるぞ」


 優希への説得を軽やかに粉砕した、空気の読めてない男の後頭部を晃は睨むが、ミラーの中の慶太は意外にも大真面目な顔をしていた。

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