第30話 028 検訝

『これから、どこに行く』

「それを決める場所に行くんだ」


 目指しているのは、リュタシアにある抗訝協会こうげんきょうかいの連絡所。

 連絡所は第一から第三の管区に三箇所ずつ、東辺の第四管区に一箇所ある施設だ。

 主に大都市に作られ、周辺で確認されたげんの情報が集まるようになっている。

 情報収集だけではなく、求綻者間の連絡や家族や友人への配送、活動費の支給や解訝かいげん報酬の支払い、傭兵の手配や特殊なアイテムの購入代行といった、求綻者への様々な支援活動を担っている場所でもある。


 大陸各所に五十くらいある連絡支所でも大体の用事は片付くが、連絡所でしかできないことも少なくない。

 たとえば、連絡所間を移動できる転送装置【跳躍陣ちょうやくじん】。

 使用きるのは求綻者とレゾナだけで、練士より上の階級でないと使用許可は下りない。

 練士になっても、どういう原理で求綻者とレゾナを移動させるのか、そこが解明されていない跳躍陣への不信感から、頑なに使おうとしない者も少なくないが。


『何だか分からないの』

「ん……跳躍陣が、か?」

『そう』

「ライザ……先輩の求綻者から聞いたんだが、跳躍陣は鐘楼しょうろうで見つけたのをそのまま使ってるらしい。だから仕組みも分からん上に、誰がどんな目的でいつ作ったのか、それすらもサッパリなんだと」


 そう説明すると、ファズは難しい顔で首を傾げている。

 確かに、得体の知れないモノを得体の知れないままで使う、という行動には様々な疑問点が残るものの、こういうのは悩んでも仕方がないのだが――


『だが、何』

「いや、世の中はワリといい加減だしな」


 そもそも、世の中がマトモであれば求綻者など必要ない、と気付いて苦笑する。

 横ではファズも、似たような表情に若干の冷たさを混ぜたものを浮かべていた。

 リュタシア周縁部の道は石畳で舗装されていて、南端にある養成所から東端に位置する連絡所の間も繋がっている。

 街道の人通りは少なく、種蒔きも一段落したのか麦畑にも人影は疎らだ。

 いい加減な世界だが、この辺りの景色は平和そのものと言える。


『そうでもない』

「え、何が――」


 取り止めのない思考をファズに遮られ、問い返すと杖で道の果てを示された。

 程無くして、馬蹄が石畳を叩く音が響いてくる。

 馬は葦毛と黒毛の二匹――いや、葦毛の方は足の本数が多い。

 アレは【驀地駿いっさんうま】と呼ばれる、馬に似た新生物ヴィズだ。


 馬よりも足は速いが持久力では劣っている、と誰かに教わったな。

 鞍上には武装した警邏兵の姿が見える。

 ファズの袖を引いて道の端へと避けておいたが、近付いて来た兵士はコチラの面前で馬を止め、大声で質問をぶつけてくる。


「おい、この道で四人組の男を見なかったか」

「一人は黒い革鎧を着込んでいて、痩せ型だ」


 驀地駿に乗った兵士の言葉を受けて、ファズが間髪を入れずに俺を指差す。


「ちょっと待て!」

「プハッ――いや、その男はお前さんより頭一つ分ほど上背がある」

「いえ、見てませんが」


 吹き出しつつ言う若い兵士に、俺は頭を振りながら答える。


「そうか。見かけたら、詰所まで一報を頼む」

「呼び止めて済まなかったな」


 そして二人の兵士は、現れた時と同じく高速で視界から消えていった。

 まだ昼前だというのに、何か事件でも起きたのだろうか。

 兵士の様子からして、そんな深刻な事態ではないのかも知れない。

 だが、やはりこの辺りでも治安は悪化しているのだろう。


『リムが気にしても仕方ない』

「それはそうだが……そんなコトより、だ。あの兵士からの質問に、迷わず俺を指差したのはどういうつもりだ?」

『訊かれたから答えた』

「あのなぁ……」


 ファズには一通りの常識というか、人間社会での処世術を教える必要がありそうだ。

 気の重さが足取りに悪影響を及ぼしかけた所で、道の先に目的地が見えてきた。 


鬼人きじんをレゾナにした奴がいる、とは聞いとったが……お前だったのか」

「自分でも驚いてますよ」


 連絡所の入口で、顔見知りの中年警備員に挨拶がてら事情を話す。

 ファズは興味があるのかないのか分からない表情で、建物内を見回している。

 リュタシア周辺の訝が減っているせいか、求綻者の姿は少ない。

 受付の職員も暇なのか、新人丸出しな俺を見ながら色々と噂しているようだ。

 鬼人をレゾナにした新人の話が、既に広まっている可能性も高い。


「何つうか……この先、苦労しそうだな」

「ある程度は覚悟してますが、ね」


 楽に生きたいなら、求綻者など目指さず養成所から逃げ出している。

 そう言いたくもなるが、言っても仕方がない。

 軽く手を振ってオッサンと別れ、掲示板を眺めているファズの所へ向かう。

 掲示板に貼り出されているのは【宣訝片せんげんびら】。

 ビラにはそれぞれ、大雑把な訝の内容と発生場所に関する情報、そして認定日時と推定難度が記されている。


 右から順番に、宣訝片の内容をチェックしていく。

 レウスティを東西に流れるセカーナ川、その流域で目撃された巨大魚の調査。

 リュタシア北方、ウロフォルトレン周辺で不定期に生じる地鳴りの原因究明。

 西方の海岸地帯に出現する、【エルディオンの使者】と呼ばれる存在の捕獲。

 どれも有名な未解決の訝で、認定日時は十数年から数十年前になっている。


 日時の古いモノは、長い間未解決なだけあって概ね難度が高い。

 難度の目安は、星一個から星十個でランク付けされている。

 星の数が多いほど解訝困難と判断されたモノで、前述の三件は全て星十個だ。

 習士が請けられるのは星三つまでだが、どうもピンと来るモノが――


『これはどう』

「んー」


 ファズが指差した、掲示板の左端に貼られたビラを確認する。

 色褪せるまで行かないが、少し紙がくすんでいる。

 訝に認定されたのは七年も前なのに、難易度はたったの星二個だ。

 しかも通常報酬の他、特別褒賞として結構な金額がプラスされている。

 発光現象の原因究明――場所はリュタシア南方の街、ゲラウムに近い森林地帯。


「発光……?」

『火の玉か、人魂か、【燐光兔おにびうさぎ】か』


 最後のは分からなかったが、そういう名前の怪奇現象があったり、新生物ヴィズがいたりするのだろうか。

 とりあえず、総合案内の看板が出ているカウンターへと向かう。


「あの、三七七番のゲラウム近くの発光現象、アレについて訊きたいんですが」

「あ、ハイ。少々お待ち下さい」


 黒髪でショートカットの女性職員が、厚いファイルを取り出してペラペラ捲る。

 そして数秒もせずに、ページを繰る指は止まった。


「ありました。えーっと……あれ? 先輩、このゲラウムの訝って再審議行きになってるんですけど」

「え? どれ」


 奥の机にいた同年代の男性職員が、ファイルを受け取って目を通す。

 それを持って別の部屋に行ったり、他の同僚の所へ行ったりと、忙しく動き回っていた男は、十分程してから少し疲れた調子で戻って来ると、「修正漏れ」と言いながら後輩にページを開いた状態で渡した。


「ああ、なるほど」


 受付係は腑に落ちた様子だ。手元を覗き込んでみると、書類の下の方にある『再審議』というスタンプの上に、『認定』の文字が真新しいインクで押されていた。


「で、コレは今も検訝対象ですかね?」

「ハイ。えーっと……発光現象が確認できなかった、という報告が続いて宣訝が撤回されていたものが、最近になって再認定された……ようです」


 ファイルに目を落としながら、新人らしき職員は自信なさげに告げてくる。

 これは空振りの可能性が高そうだ。

 しかし、どうせだからもう少し突っ込んでみよう。


「最後に検訝の申請があったのは」

「この書類だと……三年前の八月、です」

「再認定の後は、まだ誰も?」

「そうですね。今回、宣訝片が貼り直されたのは十日前なので」


 となると、やってみる価値はあるかも知れない。

 ファズも小さく頷いている。


「じゃあ詳しい説明、お願いできますか」

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